私は酷いことをしたのに、小鳥遊部長はその後もいつも通りだった。
まるで何事もなかったかのように。
「ねぇ、私鳥飼と付き合ってたの知ってます?」
隣り合ってベッドに横になりながら小鳥遊部長に聞くと、彼は上を向いたまま「うん」と小さく頷いた。
「別れたことも?」との言葉にも「うん」とだけ短い返事。
けれど
「あいつは最低なヤツだよ。別れて正解だ。今だって結婚してるくせに未だに烏丸さんのこと狙ってる」
と真剣に言われ、私は苦笑い。
「あれは狙ってるんじゃなくて、ただちょっかいかけてるだけで…」と言う言葉はキスでかき消された。
「僕、本当は入社当時から君が好きだった。君は成績も良く優しくて、でも勇気が出なくて―――」
「ついでに美人だったから?」とちょっと冗談めかしてごろりと寝返りを打ち小鳥遊部長を覗き込むと、彼はちょっと頬を染めて顔を逸らした。
「冗談ですよ」
「いや、冗談じゃない。本当に僕の眼には君がキラキラと映っていた。今も変わらない。
好きだよ」
私は卑怯だ。小鳥遊部長の言葉を聞いていたのに、眠ったフリをした。
その後小鳥遊部長は何事もなかったかのようにいつものように私を抱きしめて目を閉じた。その暖かなぬくもりのなか私は
泣いていたのかな。
抱き合って眠り、週明け出勤しても普段通り―――
の筈だった。
そのメールを見るまでは。
メールは社内メールで辞令告知のメールだった。
そこには第三営業所眞部長に私の名前が挙がっていたのだ。
え?見間違い?
眼をまばたいてもやはり私の名前が挙がっている。
「烏丸さん、これ。新しい部署の書類。まだ分からないことだらけだろうからいつでも聞いて」と小鳥遊部長からA4サイズの茶封筒を渡された。
これでピンときた。
―――――
――
昼休み、もうすっかり暑くなって屋上庭園を利用する社員ががくりと減ったこの日、私は小鳥遊部長を呼び出した。小鳥遊部長はこの暑い中スーツの上着もキッチリ着て相変わらずネクタイのズレも一切ない、完璧な姿だった。汗すらかいていない。
「部長、部長が掛け合ってくださったんですか?第三営業部の部長に推薦してくださったんですか?」
「それはまぁ、烏丸さんは僕の推しだからね。これも一種の”推し活”て言うのかな」と真顔で言われましてもね。
「営業部は第一~第三となった。何かと会議が多いから顔を合わせることも多いだろうけど、そこは考えが浅かった。ごめん」
私はまたも首をゆるゆると振った。謝るのは私。だって私―――酷い女なんだよ?
私は、小鳥遊部長とまだ働きたかったから。
「それとこれ」
茶封筒の底に入っていた指輪を掌に載せると、小鳥遊部長はちょっと笑った。
「返品するのはかっこ悪いし、それに5.5号サイズの指輪は君しか入らないよ」
「でも……」
「捨ててくれてもいいし、売って貰ってもいい。君の好きにして」相変わらずの淡々とした物言い。指輪に思い入れがないのか、私に渡したものをそんなぞんざいな扱いでいいのか、と思ったがこれが”彼”だ。その部分も含めて私は彼を好きになった。
「捨てないし、売らない」私は指輪をぎゅっと握り
「私、まだ―――」
「こうゆうのはどうだい?第三営業部が軌道に乗ったとき、君の気持ちが変わっていなかったら、そのとき―――」
小鳥遊部長―――
「そうゆうの新しいレンアイの形でいいんじゃないッスか?」
どこからか声が聞こえてきて、近くのベンチに見知った顔を見て私は目を開いた。
「セキセイインコ」
「何スかそれ」彼は無表情に淡泊に言った。言葉遣いとか表情とかどこか小鳥遊部長に似てる。だから気になったのかな。
しかし
き、聞かれてた………
「俺、何も聞いてないし言いふらしたりしないっすよ。そもそも会社違うし」
そ、そうよね。でもインコって教えた言葉繰り返す生き物じゃなかったっけ??セキセイインコはズズズと紙パックのコーヒー牛乳を飲み干し立ち去っていった。
後に残された二人。どちらからともなく私たちはプと吹き出した。
私は酷いフリかたしたって言うのに、まだ待っててくれるというの?
今、私は初めて掌の中で本当の意味での自由を手にした気がした。
私はあなたの掌から飛び立とうと思いました。
でも、いつか……いつか戻ってきてもいいですか?
あなたに包まれて、あなたの庇護のもと、幸せに自由に―――
「いつまでも待つよ。僕は鳥かごに君を閉じ込めたりしない。羽根も折らない。ただ一緒に―――」
ただ一緒に。
カラン…
何かが壊れる音がした。
それは私の中の鳥かごの音だと気付いたのはもう少し後のこと。
~FIN~



