ドジっ子令嬢は着ぐるみうさぎに恋をする

その時、スッと差し出された一枚のティッシュと、モフモフのグレーの手。目でその手の持ち主を辿(たど)ると、そこには大好きなウィルがいた。

椅子の隣に膝をつき、私の手にそっとティッシュを置くウィル。そして左手のもう一枚で、優しく私の鼻先をぬぐってくれる。

突然の仕草に、涙も引っ込み、一瞬フリーズしてしまった。

ヤ、ヤバい!
もしかして、鼻水……垂れてた⁉︎

焦る私の背中に、ウィルのモフモフの手がそっと添えられる。反対の手でカップのホイップを指さし、そのまま私の鼻先にふわっとタッチ。

あっ、そっか。
さっきホットチョコレートを飲んだ時、マシマシのホイップがついちゃったんだ。

ふっと気が緩んだ瞬間、大きな手が私の頭をポンポンと撫でた。まるで『もう強がらなくていいよ』と、言ってくれているみたいで。

九条家のこと、元カレのこと、そして“何もできない自分”のこと。いろんな思いが、一気に涙となってあふれ出す。

ウィルは何も言わず、その大きな体で私を包み込むように優しく抱きしめてくれた。

その瞬間、胸の奥に電流が走るように息が詰まる。あたたかくて、やさしくて、包まれるだけで心から痛みが消えていく。そんな奇跡みたいな感覚。

ああ、もうだめだ。
この人を好きにならずにいられない。
……着ぐるみなのに。

言葉なんていらない。
ただ静かに、雨上がりの森のようなやさしい香りとみかんのような香りに満たされていた。そして私は、その温もりと香りに、一瞬で恋をした。



この瞬間から、私の人生の裏目的ははっきり決まった。

『あの日のウィルを、必ず探し出す。そしてもう一度、あの腕の中に抱きしめてもらう』



卒業後、私はパレスピーターズホテルへの就職が決まり、3か月間の研修を経て女子独身寮へ。今は、自分のお給料だけでの生活がスタートしている。

配属先は、企画部・マジカルアクティビティ(通称マジアク)
着ぐるみやキッズアクティビティルーム(KAR)を担当する、私にとって理想の課だった。

本当はラーラの着ぐるみ役がやりたかったけど、この身長じゃムリ。与えられた仕事は、KARでの裏方の事務と雑用、そして“緊急借り出し要員”。

でも、本当の本当は、この部署にいれば、あの日のウィルに近づけるかもしれないと信じていた。配属が決まったとき、胸の奥でそっとガッツポーズをしたのを覚えている。

いつかはショーに出て、脇役でもいいからダンサーをやりたい。そんな表向きの小さな夢を見ながら、私は“カメ子”として日々奮闘している。

“カメ子”というあだ名、嫌いじゃない。
先輩たちは私をからかうのではなく、やさしく見守って、支えてくれる。

私は事務職だけど、誰かの笑顔につながる仕事ができている。

ああ、早く直接ショーにも関われる日が来たらいいのにな……。

そう思いながら、自分にひとつだけ約束した。

『このパレスピーターズホテルでは、絶対に涙を見せない』って。

ここは、みんなを笑顔にする場所だから。
そして、あの日のウィルを必ず見つけるための場所だから。