ドジっ子令嬢は着ぐるみうさぎに恋をする

気づけば、斜めがけのクロスバッグに手が伸びていた。取り出したのはティッシュ二枚。

そっと彼女の隣に膝をつき、一枚をその小さな手に置く。もう一枚で鼻先についた白いホイップクリームを、まるで壊れ物を扱うように優しく拭った。指先がかすかに触れるたび、彼女のまつげがふるふると揺れ、その大きな瞳が何度も瞬きを繰り返す。

……あっ、泣き止んだ。

だけど、涙の跡が残る頬にその首かしげ、
やべぇ、反則級に可愛い。俺、生まれて初めて客をそのまま連れて帰りたいと思った。

俺だったら、絶対こんな可愛い子リスを、
一人で泣かせたりしねぇのに。

そのまま、ゆっくりと彼女の頭を撫でる。
すると、堪えていた涙がまたポロポロと零れ落ちた。反射的に、両腕でふわっと抱き寄せる。まるで割れ物を包み込むみたいに。

そんな男、もう忘れろ。
俺なら、おまえにこんな思いはさせねぇ。

ただその涙の理由が、男のせいだけじゃない気がしていた。何かもっと深いところ。
けど、このときはまだ、わからなかった。

やがて、呼吸も整い、彼女は真っ赤な目で、それでもふわっと笑った。


「ありがとう。……大好きだよ、ウィル」


胸の奥がぐらっと揺れた。
その言葉を置き土産に、小さな背中はラウンジの出口へと消えていく。

すれ違いざま、ふわっと漂う香り。甘ったるくないのに、不思議と柔らかく清潔で、頭の奥まで染み込んでくる。俺はその匂いを、深く吸い込んで、心に焼き付けた。

忘れない。声も、匂いも、仕草も、全部。

でも、この夜が最後だと思っていた。
二度と会うことなんてない。そう信じ込んでいた。

……それが二年後。

新人研修を終えてマジアク課に配属された“期待の新人”が、あの日の子リスだった。
花村千成。

名前を呼びながら、胸の奥がざわつく。

……ったく、よりによっておまえか。
しかも、あの香りまで二年前と同じって、どういうことだ。

二年前は、ただの客だった。
何もしてやれなかった、小さな背中。
もう二度と会えないと思っていた。

でも今は違う。

だから、
もう俺から離れんな。いいな?

──おまえは、俺のもんだ。

THE END


* 本作はフィクションです。登場する名称・団体・商品などは架空であり、実在のものとは関係ありません。