ドジっ子令嬢は着ぐるみうさぎに恋をする

無言でカメ子を衣装部屋へ送り届け、ドア前でただ一言。


「……着替えてこい」


平静を装ったつもりでも、喉は妙に乾いていた。小さな背中が震えるのを見てから、胸の奥はずっとざわつきっぱなしだ。ドアを閉める音が、やけに大きく響いた気がする。

すぐに企画部の小日向・おっちゃん部長へ直行。状況を報告すると、いつも朗らかな彼が珍しく沈んだ声で呟いた。


「ふぅ……カメ子ちゃん、大丈夫かな。あの子、人一倍頑張りすぎるから……非常階段だな」


その言葉が胸に重く落ちる。課に戻り机に座るものの、キーボードを打つ指は落ち着かず、報告書どころか頭の中はさっきの小さな背中ばかり。時計を見れば、もう三十分以上。

長すぎる。

嫌な予感に立ち上がり、衣装部屋へ。
ドアを開けるがいない。
背筋に冷たいものが走り、嫌な汗がつうっと伝った。

非常階段。
おっちゃんの言葉が脳裏で響いた瞬間、二年前ラウンジで見た光景が蘇る。照明の下で、壊れそうに儚かった横顔。手を伸ばすのが一瞬遅れれば、完全に遠くへ行ってしまいそうだった、あの記憶。

気づけば、足は勝手に動いていた。



バックオフィスの奥。人の気配すらない廊下を抜け、鉄扉の取っ手をゆっくり回す。
隙間から覗いた三階の踊り場には誰もいない。さらに開けて顔を出すと、中間の段に
小さな背中。

膝を抱え、うずくまっている。肩は小刻みに震え、薄暗い非常灯に照らされたその姿は、痛々しいほどに小さく見えた。

ただの部下じゃない。最初から――この背中だけは、放っておけなかった。

静かにドアを閉める。向かう先はただ一つ。衣装部屋だ。