2年前、事務所で訴訟依頼を断った男の顔が浮かんだ。
 彼こそが佐藤だった。

 あの時の彼の目は、憎しみに燃えていた。

1年前のことだった。

 まだあの頃は、上司の安達につきっきりでいろいろ教わっていた頃だった。

 佐藤健太は、背の低い、眼鏡をかけた男で、緊張した面持ちでやってきた。

 彼は「自由空間の会」のメンバーとして、女性専用スペースの撤廃を求める働きかけを依頼してきた。

 「ジェンダーフリーな社会が必要だ。

専用スペースは差別だ」

彼はそう熱弁していたが、優美は冷静に答えた。

「佐藤さん、女性の安全を守るためのスペースは必要です。
 あなたの訴訟は、被害者を危険にさらす。
 引き受けられません」

佐藤の顔がみるみる赤くなり、声を荒げた。

 「お前みたいな偽善者が、俺たちの声を潰す!

 後悔するぞ!」


その言葉が、優美の耳に今も残る。

 佐藤は事務所のドアを乱暴に開けて出ていった。
 
それ以来、顔を見たことはなかった。

 だが、最近の脅迫メッセージ、家のドアのメモ、駐車場の気配――

 すべてが佐藤の仕業だと確信していた。

事務所で、優美はハギくんにその話を打ち明けた。