○備品保管庫(夜)
千紘M『今、キス……』
唇が離れても事態を把握できない唖然とした表情の千紘。硬直している。
がちゃりと鍵の開く音。
遼二はさっと立ち上がって距離を取る。
ナツミ「ごめーん! 間違って鍵しめちゃったのー!」
ナツミがごめんのポーズをしながら、うわーんと泣きべそで倉庫に入ってくる。
遼二「いえ、好奇心で勝手に入ったのはこっちなので」
ハキハキと好青年モードの遼二。
ナツミ「寒かったよねえ!? 千紘ちゃんも本当ごめん! 大丈夫だった?」
先輩に声をかけられてはっとする千紘。
千紘「だ、大丈夫です! でもあの、へ、部屋でちょっと休みます!」
ナツミ「あ、うん。暖かくしてねー!」
だーっと走って倉庫を出て行く千紘。
遼二は苦い顔で立ち尽くしている。
○キャンプ場(朝)
翌朝。
参加者の面々は帰り仕度をして、ざわついている。
寝不足の顔でコテージから出てきた千紘は遼二とばったり顔を合わせる。
遼二「あ……」
千紘「あのっ、そっち手伝います!」
遼二が話しかけようとするのに気づかないふりをして、先輩たちのほうへ駆けていく。
千紘(どうしよう。避けちゃった……。でもまともに顔合わせられないよ……)
取り残された遼二は少し傷ついた表情をしている。
○大学前(昼)
マイクロバスで大学に戻ってきたサークル一同。数組に分かれて解散していく。留まってだべっているグループもいてわいわいしている。
千紘もバスを降り、帰ろうと歩き始める。
遼二「千紘!」
後ろから呼び止められ足を止めると、それは遼二だった。
千紘「りょ、遼二さん……」
ぎくりと硬直しどぎまぎしていると。
遼二「ごめん」
すれ違いざまに囁かれ、そのまま遼二は去って行こうとする。
千紘(ごめん、ってなに? どういう意味の……)
千紘(謝る程度のキスだったってこと? なかったことにしたい?)
後ろ姿を見つめながら呆然。しかしなにかを決意したように唇をぎゅっと噛む。
千紘「遼二さん!」
はっきりとした声に、遼二はぎくっとして振り返る。
千紘「少し話がしたいです」
まっすぐに遼二を見つめる千紘。
遼二「……わかった」
○別棟・休憩スペース(昼)
いつか真白の退学理由を訊いた場所へ来た二人。
千紘「遼二さん……どうしてキスをしたんですか」
遼二「っ……」
見据えられて気まずい様子の遼二。
千紘M『答えは遼二さんしかわからない。私が一人で考えていたって意味がないんだ』
千紘「昨日も……高校のときも。ずっと、知りたかった」
遼二「それは……」
苦しそうにしばらく考えている遼二。
そんな遼二を見ていて、押し込めていた気持ちが溢れてくる千紘。
千紘「好きです」
はっとして顔を上げる遼二。
千紘「高校の時からずっと……。だから……っ」
遼二「……ごめん」
つらそうな顔で言われる。
千紘は一瞬ショックを受けた後、自嘲気味に微笑む。
千紘(振られ――)
遼二「返事は少し待ってほしい」
千紘「え?」
遼二「必ずちゃんと言う。俺が思ってること全部。だから、勝手だってわかってるけど……」
千紘「わかりました」
千紘は力なく笑う。
千紘(結局振られるまで少し時間があくだけだよね……)
○大学・空き教室(昼)
キャンプから数日後。
遼二に呼び出され、やってくる航平。
航平「おー、話したいことってなんだ?」
遼二は真剣な面持ちで待ち構えている。
航平、遼二の向かいに座る。
遼二「紹介してくれたお前には先に言っておこうと思って。実はレンタル彼氏のバイト、辞めようと思ってる」
航平「えっ、なんでだよ!」
遼二「……今さらかもしれないけど、誠実な人間になりたいと思ったから」
航平「はあ?」
わけがわからない、という顔をする航平。机の上に置かれた数枚のきれいな封筒に目を留める。
航平「なんだそれ?」
遼二「リョウのレンタル料。本人に返そうと思って」
航平「返すって……客からもらったお金だろ!? なにお前、まさか自分で立て替えてたのかよ! なんのためにそんな……」
遼二「一人の子だけだ。その子からはもらえない」
航平「なんだってまた……その子ってだれだよ」
ますます混乱している航平。
遼二(千紘……)
頭の中に千紘の笑顔を思い浮かべる遼二。
○回想・高校時代
遼二M『二つ上の兄は女好きのちゃらんぽらんで、常に複数の女性と交際しては揉めていた』
遼二M『俺が高一のときに兄が付き合っていたのが彩華。人当たりがよくて美人で下級生にも評判の人気者』
遼二M『だから正反対の兄みたいなのに惹かれたんだろうか』
遼二M『たまに家に遊びに来ていたこともあったけど、自分の先輩が兄の彼女だと思うとなんだか気恥ずかしく、そういうときはなるべく外出するようにしていた』
遼二M『彩華と付き合っても兄の浮気癖は治らず、怒鳴り声を聞くことが多くなった』
遼二M『ほどなくして兄と彩華は別れた』
泣きはらした目で真白家をあとにする彩華。家の前でばったり会ってしまう遼二。
彩華「ごめんね、酷い顔で」
遼二「そんな……っ、悪いのは兄ですから。榊先輩はなにも悪くないです」
彩華「悪いよ。私に魅力がないのが悪いの」
遼二「そ、そんなことないです。先輩、すごく綺麗だし、優しいし、俺の周りではみんないいって言ってます」
遼二M『普段は大人っぽい上級生の弱った姿に動揺して、必死で慰めた』
遼二M『人気者のこんな姿を見てしまったことへの後ろめたさと、その原因が自分の家族だという罪悪感』
遼二M『なぜか俺は兄の尻拭いをしなければという使命感でいっぱいだった』
彩華「遼二くんも私のこといいなって思ってくれてたってこと?」
遼二「えっ? はあ、まあ……」
彩華「そっか。じゃあ遼二くんが私と付き合ってよ」
彩華はパッと笑顔に。
曖昧に頷く遼二。
遼二M『俺と彩華は恋人になった』
遼二M『いつもこうだ。兄の後始末は俺がしなければとどこかで思っている。本当はそんな責任なんてないのに』
真白家の食卓。四人掛けで食事も四人分だけど、兄の姿はない。
遼二父「恭一はまた遊び歩いているのか。ちゃんと言って聞かせているんだろうな」
遼二母「やめてください。それはあなたに似たんでしょうに」
両親が言い争ってギスギスしている。
遼二「母さん、これすごく美味しいよ」
わざとらしく料理を褒める。
遼二母「遼二だけよ、そんなこと言ってくれるの」
遼二父「お前は恭一みたいになるなよ」
遼二「あはは、俺は女子より勉強が好きだから大丈夫だよ……」
遼二M『でもじゃあ、俺はどうすればよかった?』
遼二M『俺が我慢すればすべてうまくいくんじゃないのか?』
休日、遊園地でデートしている遼二と彩華。
彩華「遼二! 今度はあっちの乗り物行ってみよ!」
遼二「あ、うん……」
遼二(いや、なんだ我慢って。俺は別に我慢して彩華と付き合ってるわけじゃない)
遼二(きっかけはどうであれ、ちゃんと彩華のことが好きだ)
遼二(美人だし頭もいいし、友達からも羨ましがられている。我慢して付き合うような人じゃない)
遼二M『だけど――』
千紘「一年二組、文原千紘です」
生徒会に千紘が入ってくる。
次々に千紘と出会ってからのことを思い出す。生徒会室での白熱した会議、図書室で隣合って勉強する、学園祭が成功し涙ぐんで喜ぶ……など。千紘はいつも真剣で楽しそう。
そんな千紘をちらりと盗み見る遼二。千紘と目が合い、ぱっと嬉しそうに微笑まれる。千紘に対し胸が高鳴る。
遼二M『彩華のことは同情だった』
遼二M『そうわかってしまった。本当の恋を知ったから』
そして空き教室でのキス。
遼二M『俺は自分の恋を抑えこめるような人間じゃなかった』
遼二M『でも彩華から離れたらどうなるか考えるだけで恐ろしかった』
遼二M『彼女はたまに気持ちが不安定になるときがあるからだ』
彩華「遼二は私のこと見捨てないよね……?」
真夜中の公園、呼び出された遼二が駆けつけると彩華が泣き笑いの顔。見せつけるように、ドラッグストアで買ったと思われる大量の睡眠薬が傍らに置いてある。呆然となる遼二。
遼二M『俺は千紘と距離を置くようになった』
遼二M『初恋を諦めた。自分の喪失を代償に色々なものから許されたかったんだと思う』
遼二M『両親、彩華、そして千紘にも』
遼二M『俺は千紘に近づくことすらできなくて苦しいのだから、もう勘弁してくれと』
遼二M『そんな理屈が通るはずもないのに』
遼二M『――一番傷ついているのが千紘だって、わかっていたはずなのに』
遼二の卒業式。大学生になった彩華がやってきている。表情はなんだか白けた顔。
彩華「別れよう、私達。結局遼二って私のことなんか好きじゃなかったんでしょ?」
彩華「精一杯好きでいようとしてるってその態度、ずっとむかついてた。きみって最低だよ。恋愛とか向いてないよ?」
彩華「きっとこれからも相手の子を不幸にするから」
立ち尽くす遼二の口元は引き攣ったように笑っている。
遼二M『その通りだ。俺は最低だ。本当、いやになる』
回想終わり。
○大学・空き教室(昼)
航平「おーい、大丈夫か~?」
ちょっと焦ったように声をかける航平。
遼二「ん? ああ……」
航平「結局、好きな子のために辞めるってことか?」
遼二「いや……全部俺のため。俺が勝手にそうしたいって思ったから。これ以外向き合う方法がわからなくて」
遼二「ずっと前から好きだったんだ。諦めたはずだったのに」
困ったように微笑む遼二。
遼二M『千紘と再会して、こんなにも気持ちが褪せていないのかと驚いた』
遼二M『二度と恋愛なんてしないつもりだったのに』
遼二「俺は最低だけど、最低なりに考えた誠実な行動を取りたいんだ。あの子がこんな俺でもいいって言ってくれるなら、せめて少しでも恥ずかしくない人間でいたい」
航平「おお……?」
よくわかっていない航平。
吹っ切れたような晴れやかな笑顔を見せる遼二。
○大学・屋外並木道(昼)
数日後、千紘はふらふらと歩いている。
千紘(遼二さん、話っていつなんだろう……振られるの待つのってしんどい。死刑を待つ囚人の気持ちだよ……)
はは……と乾いた笑いを浮かべる。
彩華「あの、ちょっといいかな」
突然声を掛けられる。
すらりとした年上の綺麗な女性。千紘は相手を知らないが、実はこれが榊彩華。
千紘「は、はい」
彩華「真白遼二ってどこにいるかわかります?」
彩華がにこりと微笑みかける。
千紘M『今、キス……』
唇が離れても事態を把握できない唖然とした表情の千紘。硬直している。
がちゃりと鍵の開く音。
遼二はさっと立ち上がって距離を取る。
ナツミ「ごめーん! 間違って鍵しめちゃったのー!」
ナツミがごめんのポーズをしながら、うわーんと泣きべそで倉庫に入ってくる。
遼二「いえ、好奇心で勝手に入ったのはこっちなので」
ハキハキと好青年モードの遼二。
ナツミ「寒かったよねえ!? 千紘ちゃんも本当ごめん! 大丈夫だった?」
先輩に声をかけられてはっとする千紘。
千紘「だ、大丈夫です! でもあの、へ、部屋でちょっと休みます!」
ナツミ「あ、うん。暖かくしてねー!」
だーっと走って倉庫を出て行く千紘。
遼二は苦い顔で立ち尽くしている。
○キャンプ場(朝)
翌朝。
参加者の面々は帰り仕度をして、ざわついている。
寝不足の顔でコテージから出てきた千紘は遼二とばったり顔を合わせる。
遼二「あ……」
千紘「あのっ、そっち手伝います!」
遼二が話しかけようとするのに気づかないふりをして、先輩たちのほうへ駆けていく。
千紘(どうしよう。避けちゃった……。でもまともに顔合わせられないよ……)
取り残された遼二は少し傷ついた表情をしている。
○大学前(昼)
マイクロバスで大学に戻ってきたサークル一同。数組に分かれて解散していく。留まってだべっているグループもいてわいわいしている。
千紘もバスを降り、帰ろうと歩き始める。
遼二「千紘!」
後ろから呼び止められ足を止めると、それは遼二だった。
千紘「りょ、遼二さん……」
ぎくりと硬直しどぎまぎしていると。
遼二「ごめん」
すれ違いざまに囁かれ、そのまま遼二は去って行こうとする。
千紘(ごめん、ってなに? どういう意味の……)
千紘(謝る程度のキスだったってこと? なかったことにしたい?)
後ろ姿を見つめながら呆然。しかしなにかを決意したように唇をぎゅっと噛む。
千紘「遼二さん!」
はっきりとした声に、遼二はぎくっとして振り返る。
千紘「少し話がしたいです」
まっすぐに遼二を見つめる千紘。
遼二「……わかった」
○別棟・休憩スペース(昼)
いつか真白の退学理由を訊いた場所へ来た二人。
千紘「遼二さん……どうしてキスをしたんですか」
遼二「っ……」
見据えられて気まずい様子の遼二。
千紘M『答えは遼二さんしかわからない。私が一人で考えていたって意味がないんだ』
千紘「昨日も……高校のときも。ずっと、知りたかった」
遼二「それは……」
苦しそうにしばらく考えている遼二。
そんな遼二を見ていて、押し込めていた気持ちが溢れてくる千紘。
千紘「好きです」
はっとして顔を上げる遼二。
千紘「高校の時からずっと……。だから……っ」
遼二「……ごめん」
つらそうな顔で言われる。
千紘は一瞬ショックを受けた後、自嘲気味に微笑む。
千紘(振られ――)
遼二「返事は少し待ってほしい」
千紘「え?」
遼二「必ずちゃんと言う。俺が思ってること全部。だから、勝手だってわかってるけど……」
千紘「わかりました」
千紘は力なく笑う。
千紘(結局振られるまで少し時間があくだけだよね……)
○大学・空き教室(昼)
キャンプから数日後。
遼二に呼び出され、やってくる航平。
航平「おー、話したいことってなんだ?」
遼二は真剣な面持ちで待ち構えている。
航平、遼二の向かいに座る。
遼二「紹介してくれたお前には先に言っておこうと思って。実はレンタル彼氏のバイト、辞めようと思ってる」
航平「えっ、なんでだよ!」
遼二「……今さらかもしれないけど、誠実な人間になりたいと思ったから」
航平「はあ?」
わけがわからない、という顔をする航平。机の上に置かれた数枚のきれいな封筒に目を留める。
航平「なんだそれ?」
遼二「リョウのレンタル料。本人に返そうと思って」
航平「返すって……客からもらったお金だろ!? なにお前、まさか自分で立て替えてたのかよ! なんのためにそんな……」
遼二「一人の子だけだ。その子からはもらえない」
航平「なんだってまた……その子ってだれだよ」
ますます混乱している航平。
遼二(千紘……)
頭の中に千紘の笑顔を思い浮かべる遼二。
○回想・高校時代
遼二M『二つ上の兄は女好きのちゃらんぽらんで、常に複数の女性と交際しては揉めていた』
遼二M『俺が高一のときに兄が付き合っていたのが彩華。人当たりがよくて美人で下級生にも評判の人気者』
遼二M『だから正反対の兄みたいなのに惹かれたんだろうか』
遼二M『たまに家に遊びに来ていたこともあったけど、自分の先輩が兄の彼女だと思うとなんだか気恥ずかしく、そういうときはなるべく外出するようにしていた』
遼二M『彩華と付き合っても兄の浮気癖は治らず、怒鳴り声を聞くことが多くなった』
遼二M『ほどなくして兄と彩華は別れた』
泣きはらした目で真白家をあとにする彩華。家の前でばったり会ってしまう遼二。
彩華「ごめんね、酷い顔で」
遼二「そんな……っ、悪いのは兄ですから。榊先輩はなにも悪くないです」
彩華「悪いよ。私に魅力がないのが悪いの」
遼二「そ、そんなことないです。先輩、すごく綺麗だし、優しいし、俺の周りではみんないいって言ってます」
遼二M『普段は大人っぽい上級生の弱った姿に動揺して、必死で慰めた』
遼二M『人気者のこんな姿を見てしまったことへの後ろめたさと、その原因が自分の家族だという罪悪感』
遼二M『なぜか俺は兄の尻拭いをしなければという使命感でいっぱいだった』
彩華「遼二くんも私のこといいなって思ってくれてたってこと?」
遼二「えっ? はあ、まあ……」
彩華「そっか。じゃあ遼二くんが私と付き合ってよ」
彩華はパッと笑顔に。
曖昧に頷く遼二。
遼二M『俺と彩華は恋人になった』
遼二M『いつもこうだ。兄の後始末は俺がしなければとどこかで思っている。本当はそんな責任なんてないのに』
真白家の食卓。四人掛けで食事も四人分だけど、兄の姿はない。
遼二父「恭一はまた遊び歩いているのか。ちゃんと言って聞かせているんだろうな」
遼二母「やめてください。それはあなたに似たんでしょうに」
両親が言い争ってギスギスしている。
遼二「母さん、これすごく美味しいよ」
わざとらしく料理を褒める。
遼二母「遼二だけよ、そんなこと言ってくれるの」
遼二父「お前は恭一みたいになるなよ」
遼二「あはは、俺は女子より勉強が好きだから大丈夫だよ……」
遼二M『でもじゃあ、俺はどうすればよかった?』
遼二M『俺が我慢すればすべてうまくいくんじゃないのか?』
休日、遊園地でデートしている遼二と彩華。
彩華「遼二! 今度はあっちの乗り物行ってみよ!」
遼二「あ、うん……」
遼二(いや、なんだ我慢って。俺は別に我慢して彩華と付き合ってるわけじゃない)
遼二(きっかけはどうであれ、ちゃんと彩華のことが好きだ)
遼二(美人だし頭もいいし、友達からも羨ましがられている。我慢して付き合うような人じゃない)
遼二M『だけど――』
千紘「一年二組、文原千紘です」
生徒会に千紘が入ってくる。
次々に千紘と出会ってからのことを思い出す。生徒会室での白熱した会議、図書室で隣合って勉強する、学園祭が成功し涙ぐんで喜ぶ……など。千紘はいつも真剣で楽しそう。
そんな千紘をちらりと盗み見る遼二。千紘と目が合い、ぱっと嬉しそうに微笑まれる。千紘に対し胸が高鳴る。
遼二M『彩華のことは同情だった』
遼二M『そうわかってしまった。本当の恋を知ったから』
そして空き教室でのキス。
遼二M『俺は自分の恋を抑えこめるような人間じゃなかった』
遼二M『でも彩華から離れたらどうなるか考えるだけで恐ろしかった』
遼二M『彼女はたまに気持ちが不安定になるときがあるからだ』
彩華「遼二は私のこと見捨てないよね……?」
真夜中の公園、呼び出された遼二が駆けつけると彩華が泣き笑いの顔。見せつけるように、ドラッグストアで買ったと思われる大量の睡眠薬が傍らに置いてある。呆然となる遼二。
遼二M『俺は千紘と距離を置くようになった』
遼二M『初恋を諦めた。自分の喪失を代償に色々なものから許されたかったんだと思う』
遼二M『両親、彩華、そして千紘にも』
遼二M『俺は千紘に近づくことすらできなくて苦しいのだから、もう勘弁してくれと』
遼二M『そんな理屈が通るはずもないのに』
遼二M『――一番傷ついているのが千紘だって、わかっていたはずなのに』
遼二の卒業式。大学生になった彩華がやってきている。表情はなんだか白けた顔。
彩華「別れよう、私達。結局遼二って私のことなんか好きじゃなかったんでしょ?」
彩華「精一杯好きでいようとしてるってその態度、ずっとむかついてた。きみって最低だよ。恋愛とか向いてないよ?」
彩華「きっとこれからも相手の子を不幸にするから」
立ち尽くす遼二の口元は引き攣ったように笑っている。
遼二M『その通りだ。俺は最低だ。本当、いやになる』
回想終わり。
○大学・空き教室(昼)
航平「おーい、大丈夫か~?」
ちょっと焦ったように声をかける航平。
遼二「ん? ああ……」
航平「結局、好きな子のために辞めるってことか?」
遼二「いや……全部俺のため。俺が勝手にそうしたいって思ったから。これ以外向き合う方法がわからなくて」
遼二「ずっと前から好きだったんだ。諦めたはずだったのに」
困ったように微笑む遼二。
遼二M『千紘と再会して、こんなにも気持ちが褪せていないのかと驚いた』
遼二M『二度と恋愛なんてしないつもりだったのに』
遼二「俺は最低だけど、最低なりに考えた誠実な行動を取りたいんだ。あの子がこんな俺でもいいって言ってくれるなら、せめて少しでも恥ずかしくない人間でいたい」
航平「おお……?」
よくわかっていない航平。
吹っ切れたような晴れやかな笑顔を見せる遼二。
○大学・屋外並木道(昼)
数日後、千紘はふらふらと歩いている。
千紘(遼二さん、話っていつなんだろう……振られるの待つのってしんどい。死刑を待つ囚人の気持ちだよ……)
はは……と乾いた笑いを浮かべる。
彩華「あの、ちょっといいかな」
突然声を掛けられる。
すらりとした年上の綺麗な女性。千紘は相手を知らないが、実はこれが榊彩華。
千紘「は、はい」
彩華「真白遼二ってどこにいるかわかります?」
彩華がにこりと微笑みかける。


