○キャンプ場(昼)
マイクロバスから降りた千紘は湖畔のおしゃれなグランピング施設に目を輝かせる。
数十人の新入生と先輩たちもいて、みんな談笑したりはしゃいでいる。
千紘「わあ……!」
千紘M『5月。ESSの新歓キャンプの日です』
千紘「こんなおしゃれなキャンプ場はじめてきました。ね、遼二さん」
振り向くとぐったりした遼二が。
遼二「おー……」
千紘「だ、大丈夫ですか? やっぱり朝早かったですよね」
千紘M『遼二さんの夢にはESSでの活動が絶対役に立つ。早くサークルのみんなと打ち解けてほしくて、レンタル彼氏の一泊プランでついてきてもらったけど……』
千紘「さすがに強引でしたよね……すみませんでした」
遼二「本当、強引。このために入部することになったし」
千紘「うぅ」
遼二「まあ、最初に約束破ったのは俺だから。入部して待ってるって言ったのに」
千紘「あ……」
千紘(約束、覚えててくれたんだ)
遼二「ここまで来たんだから満喫していくか」
ぐったりしつつ微笑む遼二。
友人「千紘ちゃーん」
できたばかりの友達が駆け寄ってくる。
友人「えっ、その人だれ!?」
遼二の顔を見て沸き立つ友人。しゃんとする遼二。
遼二「こんにちは、真白です。千紘さんとは高校の友人で」
友人「えー、そうなんだ。真白くんも英文科なの? 私は経済学部で~」
千紘「ま、真白くんて……」
友人の言葉にひやひやする千紘。
友人「え? なにが?」
千紘(あ、同い年だと思ってるんだ)
千紘(遼二さん、気にしてないようだしいいのかな)
千紘(それより友人って……)
友人「真白くん、ライン交換しない?」
遼二「ごめん、今日スマホ忘れちゃって」
友人「そうなの?」
遼二「あ、俺たち先輩に呼ばれてるから先に行くね」
やんわりと千紘を促して友人から離れる遼二。
○駐車場・ベンチ(昼)
ベンチに二人並んで座る。
千紘「先輩に呼ばれてるんですか?」
遼二「嘘に決まってる」
千紘「他の人と話さないと友達増えませんよ?」
遼二「いらない。女の知り合いとか増えても面倒なだけ」
千紘「……じゃあなんで私のこと彼女って言わなかったんですか」
ぽかんとして千紘を見つめる遼二。千紘ははっとなる。
千紘「あ、いや、ちがっ、……レ、レンタル彼氏としてここにいるんだから、彼女扱いするのかなって思っただけで」
遼二「だってそれじゃあとから千紘が困るだろ。レンタルしてない間なんて説明するんだよ」
千紘「まあそうですけど……」
千紘(遼二さんのが正論だ。でも、彼女って紹介してほしかった自分がいる)
モヤモヤしていると、遼二はぐったり。
千紘「え、なんか遼二さん顔色悪い……大丈夫ですか?」
遼二「酔った……」
千紘「車にですか? もしかして朝早いのじゃなくそっちで元気なかったんですか!?」
遼二「ん……」
千紘「と、とりあえずここにいてください。水買ってきます」
遼二「水いい。悪いけど少しこうさせて」
千紘の肩に頭をもたれさせる遼二。
千紘はどきりとして硬直。
千紘「ま、前から乗り物酔いしてましたっけ」
遼二「高校の頃は酔い止め飲んでたから。でもあれ眠気が強くてだめなんだよ。だから修学旅行とかあんまり記憶にない」
千紘「きょ、今日は飲まなかったんですね」
遼二「千紘の彼氏、ちゃんとやるって決めたから」
千紘「さ、さっき彼氏じゃないって言った……」
遼二「他のやつには内緒。俺たちだけわかってる、内緒の彼氏。それじゃだめ?」
胸がきゅっとときめく千紘。
千紘「だめじゃない、です……」
○キャンプ場(夕方)
数班にわかれてバーベキューの準備をしている。
千紘は食材と串を準備している。そこへ湊が。
湊「一緒にやっていい?」
千紘「あっ、志賀さん! ぜひ!」
湊「これを串に刺せばいいんだよね」
千紘「はい。すみません、幹事の仕事で忙しいのに」
湊は千紘の隣に並んで下ごしらえをしていく。
湊「この前教えてもらった本、結構面白かった」
千紘「えっ、もう読んだんですか?」
湊「児童文学って大人が読んで面白いのかなって思ってたけど、世界観の作り込みがすごくて夢中になったよ」
千紘「わかります! ファンタジーなのに妙にリアリティがあるんですよね。だからこそキャラが身近に感じるというか」
湊「あれって続きは出てないんだね。せっかくストーリーも盛り上がってるのに」
千紘「そうなんですよ。でも必ず出してくれると思います」
千紘「それに、待っている間も楽しいんですよね。キャラたちが今どうしてるかなって、友達のこと思い出すみたいに想像しちゃうんです」
キラキラした顔で語る千紘を優しい眼差しで見つめる湊。ふっと微笑む。
湊「その作家も幸せだと思う。そんなふうに待っていてくれる読者がいて」
千紘「そんな……って、ごめんなさい。私遅いですね!?」
ふと手元を見ると、湊は手際よく大量の串を作っている。
湊「バイト先で仕込みを手伝うこともあるから慣れてるんだよね」
しゅばばばと串打ちしていく湊。そこへ女子二人組が声をかけてくる。
女子たち「志賀せんぱーい、私達も一緒に作業していいですか」
ほっとする千紘。
千紘「あ、もちろ――」
湊「ここは人手足りてるから大丈夫。火起こしのほうを手伝ってくれる?」
女子たち「はーい」
ちぇー、と残念そうな女子たちだが素直に火起こし組のほうへ。
千紘(大人数でやったほうが早いと思ったんだけどな……?)
湊「あのさ……真白ってやつと付き合ってるの?」
千紘「えっ」
湊「さっき駐車場のベンチで親しげだった」
千紘「あ、あれは……」
千紘(内緒の恋人……)
遼二に言われたことがちらりとよぎる。
千紘「いえ、付き合ってません。乗り物酔いでしんどそうだったので肩を貸していただけです」
湊「そっか。じゃあさ、夜の肝試し、僕とペアにならない?」
千紘「え? それってくじ引きなんじゃ……?」
湊「そんなのどうとでもなる」
千紘「えぇっ」
しれっと言われて驚く千紘。
湊「どう?」
千紘「えーっと……」
湊「まだ本の話とかしたいんだけど」
千紘「あ、私も本の話したいです」
湊「じゃあ決まり」
嬉しそうな湊はさらに手際よく串打ちを進める。
その様子を別の班の遼二が横目で険しい顔で見ている。
○キャンプ場(夜)
空には星が出ている。
肝試しペアのくじをみんな引き終わり、周囲ではサークルの面々がくじを見せ合ってペアを探している。
千紘はきょろきょろと湊を探しながら歩いている。
千紘(志賀さんどこだろう)
遼二「千紘……」
そっと近づいてきた遼二がこっそり耳打ち。
千紘「遼二さん。どうしたんですか?」
遼二「悪い、また具合が悪くて……」
千紘「えっ、大変。ちょっと休みましょうか」
遼二「じゃああっちに……」
○備品保管庫(夜)
真白に付き添って食材等を保管している小さな倉庫へ。
千紘「大丈夫ですか?」
遼二「あの志賀ってやつになにかされてないか?」
途端にしゃきっとして全然具合悪くなさそうな遼二。
千紘「え?」
遼二「千紘狙いなのが見え見えだけど変なこと言われたり強引に迫られたりしてないかって話」
千紘「あの、具合は……?」
遼二「抜け出すための嘘。で、どうなの」
千紘「いえ、志賀さんは単に本の話がしたいだけですよ?」
遼二「あのな……」
呆れている遼二。
千紘が困惑していると、ドアががちゃりと音を立てる。
千紘・遼二「えっ」
二人の声が重なり、駆け寄ってドアノブをガチャガチャやるが開かない。
千紘「ど、どうしよう。閉じ込められた?」
遼二「落ち着け。スマホは」
千紘「あっ、そうですよね」
慌てて取り出すが電池切れに。
千紘「うそ……」
遼二「俺のもリュックの中だ」
血の気が引く千紘。ため息をつく遼二。
遼二「まあいい。どうせみんな部屋に戻る頃にはいないって気づくだろ。それより千紘はもうちょっと男に対して危機感を持ったほうがいい」
千紘「はあ」
千紘(なんで怒ってるんだろ)
千紘はぴんと来てない。
千紘「くしゅんっ」
遼二は千紘が二の腕をさすっているのを見てはっとする。
遼二「ここ、冷房きついな。食材保管庫も兼ねてるからか」
千紘「みたいですね」
遼二「毛布があった。おいで」
手近な毛布を広げて自分の肩にかけ、もう一人分のスペースを作って手招きする遼二。
千紘はぶんぶん首を横に振って大慌て。
千紘「いやいやそんな結構です! もう一枚くれればそれで暖まりますから」
遼二「体温で温めたほうが効率いい。ほら」
ずんずん近づく遼二。後退する千紘。
千紘「だってほら申し訳ないですし」
遼二「なんでこんなときに遠慮する。ハグは基本料金内だ。堂々としてればいい」
逃げ場のなくなった千紘を遼二は強引に毛布でくるむ。
千紘は観念し、身を寄せ合って座り込む二人。
心臓がどきどきと高鳴る。
遼二「ほら、このほうが温かい」
千紘「はい……」
抱きしめられ、ときめきと切なさの混じった表情の千紘。
千紘M『遼二さんはレンタル彼氏のお仕事中で、だから優しくしてくれるのに、段々勘違いしそうになる』
千紘M『はじめはどんな口実でも側にいられたらいいって思ってたけど、嬉しくなるほどに辛くて』
千紘M『キスの意味はもっと親しくなってから聞こうって思ってた。でも違う。私は怖かっただけだ』
千紘M『――これじゃ昔と同じだ』
千紘はぐいっと遼二の体を押し戻し、距離を取る。
遼二「千紘?」
千紘「ごめんなさい。このままじゃ遼二さんにどんどん甘えてしまいそうで。ちゃんと変わろうって決めたのに」
遼二「変わる?」
千紘「強くて、綺麗で、逃げない女性になろうって決めたんです。少しは変われたって思ってたのに」
遼二「……全然変わってないよ」
千紘「えっ」
がーんとショックを受ける千紘。
千紘「だ、だめだめですか? 大学デビュー成功したと思ったのに……」
遼二「千紘は昔からそういう人だった。強くて綺麗で……」
千紘「っ、だ、だから、やめてください! 今はリップサービスはいらないです」
遼二がとても切なげに見つめている。
遼二「誰より眩しい人だった。千紘は――」
千紘(え……)
遼二の顔が近づいてきて、唖然としているとキスをされる。
マイクロバスから降りた千紘は湖畔のおしゃれなグランピング施設に目を輝かせる。
数十人の新入生と先輩たちもいて、みんな談笑したりはしゃいでいる。
千紘「わあ……!」
千紘M『5月。ESSの新歓キャンプの日です』
千紘「こんなおしゃれなキャンプ場はじめてきました。ね、遼二さん」
振り向くとぐったりした遼二が。
遼二「おー……」
千紘「だ、大丈夫ですか? やっぱり朝早かったですよね」
千紘M『遼二さんの夢にはESSでの活動が絶対役に立つ。早くサークルのみんなと打ち解けてほしくて、レンタル彼氏の一泊プランでついてきてもらったけど……』
千紘「さすがに強引でしたよね……すみませんでした」
遼二「本当、強引。このために入部することになったし」
千紘「うぅ」
遼二「まあ、最初に約束破ったのは俺だから。入部して待ってるって言ったのに」
千紘「あ……」
千紘(約束、覚えててくれたんだ)
遼二「ここまで来たんだから満喫していくか」
ぐったりしつつ微笑む遼二。
友人「千紘ちゃーん」
できたばかりの友達が駆け寄ってくる。
友人「えっ、その人だれ!?」
遼二の顔を見て沸き立つ友人。しゃんとする遼二。
遼二「こんにちは、真白です。千紘さんとは高校の友人で」
友人「えー、そうなんだ。真白くんも英文科なの? 私は経済学部で~」
千紘「ま、真白くんて……」
友人の言葉にひやひやする千紘。
友人「え? なにが?」
千紘(あ、同い年だと思ってるんだ)
千紘(遼二さん、気にしてないようだしいいのかな)
千紘(それより友人って……)
友人「真白くん、ライン交換しない?」
遼二「ごめん、今日スマホ忘れちゃって」
友人「そうなの?」
遼二「あ、俺たち先輩に呼ばれてるから先に行くね」
やんわりと千紘を促して友人から離れる遼二。
○駐車場・ベンチ(昼)
ベンチに二人並んで座る。
千紘「先輩に呼ばれてるんですか?」
遼二「嘘に決まってる」
千紘「他の人と話さないと友達増えませんよ?」
遼二「いらない。女の知り合いとか増えても面倒なだけ」
千紘「……じゃあなんで私のこと彼女って言わなかったんですか」
ぽかんとして千紘を見つめる遼二。千紘ははっとなる。
千紘「あ、いや、ちがっ、……レ、レンタル彼氏としてここにいるんだから、彼女扱いするのかなって思っただけで」
遼二「だってそれじゃあとから千紘が困るだろ。レンタルしてない間なんて説明するんだよ」
千紘「まあそうですけど……」
千紘(遼二さんのが正論だ。でも、彼女って紹介してほしかった自分がいる)
モヤモヤしていると、遼二はぐったり。
千紘「え、なんか遼二さん顔色悪い……大丈夫ですか?」
遼二「酔った……」
千紘「車にですか? もしかして朝早いのじゃなくそっちで元気なかったんですか!?」
遼二「ん……」
千紘「と、とりあえずここにいてください。水買ってきます」
遼二「水いい。悪いけど少しこうさせて」
千紘の肩に頭をもたれさせる遼二。
千紘はどきりとして硬直。
千紘「ま、前から乗り物酔いしてましたっけ」
遼二「高校の頃は酔い止め飲んでたから。でもあれ眠気が強くてだめなんだよ。だから修学旅行とかあんまり記憶にない」
千紘「きょ、今日は飲まなかったんですね」
遼二「千紘の彼氏、ちゃんとやるって決めたから」
千紘「さ、さっき彼氏じゃないって言った……」
遼二「他のやつには内緒。俺たちだけわかってる、内緒の彼氏。それじゃだめ?」
胸がきゅっとときめく千紘。
千紘「だめじゃない、です……」
○キャンプ場(夕方)
数班にわかれてバーベキューの準備をしている。
千紘は食材と串を準備している。そこへ湊が。
湊「一緒にやっていい?」
千紘「あっ、志賀さん! ぜひ!」
湊「これを串に刺せばいいんだよね」
千紘「はい。すみません、幹事の仕事で忙しいのに」
湊は千紘の隣に並んで下ごしらえをしていく。
湊「この前教えてもらった本、結構面白かった」
千紘「えっ、もう読んだんですか?」
湊「児童文学って大人が読んで面白いのかなって思ってたけど、世界観の作り込みがすごくて夢中になったよ」
千紘「わかります! ファンタジーなのに妙にリアリティがあるんですよね。だからこそキャラが身近に感じるというか」
湊「あれって続きは出てないんだね。せっかくストーリーも盛り上がってるのに」
千紘「そうなんですよ。でも必ず出してくれると思います」
千紘「それに、待っている間も楽しいんですよね。キャラたちが今どうしてるかなって、友達のこと思い出すみたいに想像しちゃうんです」
キラキラした顔で語る千紘を優しい眼差しで見つめる湊。ふっと微笑む。
湊「その作家も幸せだと思う。そんなふうに待っていてくれる読者がいて」
千紘「そんな……って、ごめんなさい。私遅いですね!?」
ふと手元を見ると、湊は手際よく大量の串を作っている。
湊「バイト先で仕込みを手伝うこともあるから慣れてるんだよね」
しゅばばばと串打ちしていく湊。そこへ女子二人組が声をかけてくる。
女子たち「志賀せんぱーい、私達も一緒に作業していいですか」
ほっとする千紘。
千紘「あ、もちろ――」
湊「ここは人手足りてるから大丈夫。火起こしのほうを手伝ってくれる?」
女子たち「はーい」
ちぇー、と残念そうな女子たちだが素直に火起こし組のほうへ。
千紘(大人数でやったほうが早いと思ったんだけどな……?)
湊「あのさ……真白ってやつと付き合ってるの?」
千紘「えっ」
湊「さっき駐車場のベンチで親しげだった」
千紘「あ、あれは……」
千紘(内緒の恋人……)
遼二に言われたことがちらりとよぎる。
千紘「いえ、付き合ってません。乗り物酔いでしんどそうだったので肩を貸していただけです」
湊「そっか。じゃあさ、夜の肝試し、僕とペアにならない?」
千紘「え? それってくじ引きなんじゃ……?」
湊「そんなのどうとでもなる」
千紘「えぇっ」
しれっと言われて驚く千紘。
湊「どう?」
千紘「えーっと……」
湊「まだ本の話とかしたいんだけど」
千紘「あ、私も本の話したいです」
湊「じゃあ決まり」
嬉しそうな湊はさらに手際よく串打ちを進める。
その様子を別の班の遼二が横目で険しい顔で見ている。
○キャンプ場(夜)
空には星が出ている。
肝試しペアのくじをみんな引き終わり、周囲ではサークルの面々がくじを見せ合ってペアを探している。
千紘はきょろきょろと湊を探しながら歩いている。
千紘(志賀さんどこだろう)
遼二「千紘……」
そっと近づいてきた遼二がこっそり耳打ち。
千紘「遼二さん。どうしたんですか?」
遼二「悪い、また具合が悪くて……」
千紘「えっ、大変。ちょっと休みましょうか」
遼二「じゃああっちに……」
○備品保管庫(夜)
真白に付き添って食材等を保管している小さな倉庫へ。
千紘「大丈夫ですか?」
遼二「あの志賀ってやつになにかされてないか?」
途端にしゃきっとして全然具合悪くなさそうな遼二。
千紘「え?」
遼二「千紘狙いなのが見え見えだけど変なこと言われたり強引に迫られたりしてないかって話」
千紘「あの、具合は……?」
遼二「抜け出すための嘘。で、どうなの」
千紘「いえ、志賀さんは単に本の話がしたいだけですよ?」
遼二「あのな……」
呆れている遼二。
千紘が困惑していると、ドアががちゃりと音を立てる。
千紘・遼二「えっ」
二人の声が重なり、駆け寄ってドアノブをガチャガチャやるが開かない。
千紘「ど、どうしよう。閉じ込められた?」
遼二「落ち着け。スマホは」
千紘「あっ、そうですよね」
慌てて取り出すが電池切れに。
千紘「うそ……」
遼二「俺のもリュックの中だ」
血の気が引く千紘。ため息をつく遼二。
遼二「まあいい。どうせみんな部屋に戻る頃にはいないって気づくだろ。それより千紘はもうちょっと男に対して危機感を持ったほうがいい」
千紘「はあ」
千紘(なんで怒ってるんだろ)
千紘はぴんと来てない。
千紘「くしゅんっ」
遼二は千紘が二の腕をさすっているのを見てはっとする。
遼二「ここ、冷房きついな。食材保管庫も兼ねてるからか」
千紘「みたいですね」
遼二「毛布があった。おいで」
手近な毛布を広げて自分の肩にかけ、もう一人分のスペースを作って手招きする遼二。
千紘はぶんぶん首を横に振って大慌て。
千紘「いやいやそんな結構です! もう一枚くれればそれで暖まりますから」
遼二「体温で温めたほうが効率いい。ほら」
ずんずん近づく遼二。後退する千紘。
千紘「だってほら申し訳ないですし」
遼二「なんでこんなときに遠慮する。ハグは基本料金内だ。堂々としてればいい」
逃げ場のなくなった千紘を遼二は強引に毛布でくるむ。
千紘は観念し、身を寄せ合って座り込む二人。
心臓がどきどきと高鳴る。
遼二「ほら、このほうが温かい」
千紘「はい……」
抱きしめられ、ときめきと切なさの混じった表情の千紘。
千紘M『遼二さんはレンタル彼氏のお仕事中で、だから優しくしてくれるのに、段々勘違いしそうになる』
千紘M『はじめはどんな口実でも側にいられたらいいって思ってたけど、嬉しくなるほどに辛くて』
千紘M『キスの意味はもっと親しくなってから聞こうって思ってた。でも違う。私は怖かっただけだ』
千紘M『――これじゃ昔と同じだ』
千紘はぐいっと遼二の体を押し戻し、距離を取る。
遼二「千紘?」
千紘「ごめんなさい。このままじゃ遼二さんにどんどん甘えてしまいそうで。ちゃんと変わろうって決めたのに」
遼二「変わる?」
千紘「強くて、綺麗で、逃げない女性になろうって決めたんです。少しは変われたって思ってたのに」
遼二「……全然変わってないよ」
千紘「えっ」
がーんとショックを受ける千紘。
千紘「だ、だめだめですか? 大学デビュー成功したと思ったのに……」
遼二「千紘は昔からそういう人だった。強くて綺麗で……」
千紘「っ、だ、だから、やめてください! 今はリップサービスはいらないです」
遼二がとても切なげに見つめている。
遼二「誰より眩しい人だった。千紘は――」
千紘(え……)
遼二の顔が近づいてきて、唖然としているとキスをされる。


