○イタリアン居酒屋(夜)
こじゃれた店内。広いホールで数十人の大学生が飲み会を開いている。
店に備え付けられた黒板には「明京大English Speaking Societyへようこそ」と書かれている。
四人掛けのテーブルが十個ほど配置され賑わっている。
千紘「文原千紘です! 高校のときからずっと明大ESSに入るのが夢でした! 将来は翻訳家になりたいと思ってます!」
少し緊張気味の千紘が自己紹介している。
千紘は黒髪外ハネのボブカット、ショートパンツにボウタイブラウスを合わせていて垢抜けている。
K-POPアイドルのような目鼻立ちのはっきりとした美人。
テーブルの他三人、ナツミ(女子の先輩。ポニーテールで人なつっこい印象)・男子の先輩・同じく新入生女子、は「おおー!」とパチパチ拍手。
男子先輩「てか千紘ちゃんめっちゃかわいいね~」
隣に座る先輩が下心丸出しの雰囲気で体を近づけると、千紘は目を輝かせて自分からずいっと詰め寄る。
千紘「本当ですか!? ありがとうございます!!」
男子の先輩「お、おお。素直だね」
先輩は勢いに押されてたじたじになる。
千紘「大学デビューしようと思ってめちゃくちゃ研究したんです」
ナツミ「あははっ、千紘ちゃんおもしろいね。今度ほかの翻訳家志望の子も紹介してあげるよ」
千紘「わ、ありがとうございます!」
千紘M『翻訳家の夢もESSに入部したかったのも本当。でも動機は純粋なものだけじゃなくて……』
千紘「あの……真白遼二先輩って今日は来てないですか?」
千紘はきょろきょろと周囲を見渡す。
ナツミ「え、誰?」
千紘「真白先輩です。英文科二年の」
先輩たちが顔を見合わせる。
ナツミ「そんな人いるっけ?」
男子先輩「いいや」
ナツミ「千紘ちゃんの知り合い?」
千紘「高校のときお世話になった先輩で、絶対ESSに入るって言ってたんですが」
ナツミ「うちの大学、サークル数も多いから、結局別のところにしたのかもね」
話題はもう一人の新入生へと移る。千紘はまだ腑に落ちない顔。
千紘(そんなはずないのに……)
○繁華街・路上(夜)
新歓がお開きになり、千紘はしょんぼりしながら歩いている。
千紘M『一つ上の真白先輩。生徒会活動では随分助けてもらった』
千紘M『真面目で誰にでも優しくて――大好きだった』
千紘M『でも先輩には年上の彼女がいて、私なんか太刀打ちできなくて』
千紘M『だから気持ちを伝えることも――』
誰もいない放課後の教室で遼二にキスをされた記憶が一瞬フラッシュバック。
切ない顔の千紘。
千紘M『あのキスの意味を聞くこともできなかった』
千紘「彼女とは別れたらしいし、今度こそ逃げないって決めたのにな」
つぶやきながら歩いていると、道の傍らで男女がいちゃついている。
男性の腕を掴んで寄りかかる、ツインテールで地雷系ファッションの女の子。
男性のほうは、透明感のある美形。髪型は少し長めの明るい茶髪。服装はデニムとシャツのゆるカジスタイル。
エリ「ねえ、いいでしょリョウ。今日こそは行こうよ」
遼二「エリちゃんは甘えん坊だなあ」
千紘(わ……)
そこはラブホテルの前。
赤面し足早に通り過ぎようとするがつい横目で見てしまう千紘。
エリ「うんって言うまで離さないから!」
遼二「情熱的だねえ。俺って愛されてる~」
千紘「えっ」
千紘(ま、真白先輩!?)
男の顔を見てつい声が出てしまった千紘。
男のほうも千紘を見て目が合う。
遼二「おっと、もう時間だ」
エリ「じゃあ延長する!」
遼二「ごめん、予約入っちゃってて。ほら、次の子が待ってる」
エリ「あっ」
エリの手をやんわり振りほどき、千紘の肩にさっと手を回す遼二。
千紘「あの……」
遼二「ごめん、ちょっとだけ話合わせて」
遼二「じゃ、行こうか」
千紘に耳打ちし、足早に歩き出す遼二。千紘はぽかんとして、言われるがまま歩いていく。
○駅(夜)
遼二「助かったよ。あの子しつこくてさ。次から指名禁止だな……」
千紘「あ、あのっ」
遼二「あー、きみも良かったら指名して。サービスするから。じゃあね」
遼二はカードらしきものを渡してさっさと去って行ってしまう。
ぽかんとして渡されたものを見る千紘。それは花がデザインされたおしゃれな名刺だった。
千紘「恋人代行社エトワール・リョウ……?」
○学校・学食(昼)
翌日、学食で千紘はノートパソコンを見ている。
「恋人代行社エトワール」のホームページ。
千紘「レンタル彼氏の世界へようこそ。お好きなイケメンを選んで、お望みの恋をしてみませんか? ……うそ」
難しい顔をしていると、飲み会のときの女子先輩が駆け寄ってくる。
ナツミ「あ、千紘ちゃん。昨日はありがとね」
千紘「え、あ、こちらこそ」
隣に座るナツミ。
ナツミ「うちの学食、デザートの種類が豊富なんだよ。あとで見てごらん」
千紘「はい……あの、先輩はレ、レンタル彼氏とかって知ってますか?」
ナツミ「え? ああ、お金払ってデートしてもらうサービスだよね。友達が一時期ハマってたなあ」
千紘「デート……」
呆然とする千紘。
ナツミ「どしたの? 興味あるとか?」
千紘「い、いえ……」
ナツミ「だよねー。お金でデートしてもらっても私なら虚しくなっちゃうもん」
あははーと悪意なく笑っているナツミ。
千紘(あれは確かに真白先輩だった。てことは、隣にいた子はお客さん?)
千紘(なんでそんな仕事……)
ナツミが友達に呼ばれる。
ナツミ「あ、ごめん。もう行くね。またサークルのときに話そう」
千紘「は、はい!」
ナツミが去ってまたパソコンに向き合う千紘。
千紘「考えても答えなんかわかるはずない。本人に確かめないと」
画面はリョウの予約ページ。顔を隠した写真が載っている。
予約ボタンをポチる。
○駅前広場(昼)
お洒落をした千紘が緊張の面持ちで立っている。
千紘(ここで待っていたら真白先輩が来る? 本当に?)
そわそわと鏡をチェック。
千紘「前髪、変じゃない。リップ、落ちてない」
ナンパ男「うんうん、ちゃんとかわいいよ~」
話しかけてくる男が。しかし千紘は鏡に集中していて気付かない。
ナンパ男「ねえきみ誰かと待ち合わせ?」
ナンパ男「おーい」
千紘「……えっ、私ですか!?」
ナンパ男「そうそう」
千紘「あの、私あんまり土地勘なくて、交番ならそこに」
ナンパ男「いや道に迷ったんじゃなくてぇ……きみ天然だね。そうじゃなくて遊びに行こうよ」
千紘「……もしかしてナンパですか?」
千紘(今まで話しかけられるといえば道を聞かれるだけだったのに)
千紘(やっぱり大学デビュー成功してるみたい……!)
じーんと感動する。
千紘「真白先輩もこれならかわいいって思ってくれるかも……」
ナンパ男「おーい、一人の世界に入らないでくれるー?」
肩を叩かれそうになったところで、その手を遼二が掴む。
遼二「俺の彼女なんで他あたってもらえますー?」
モブは「ちぇー彼氏かよ」と退散して行く。
険しい目でモブを見ていた真白、ぱっと笑顔になり
遼二「遅くなってごめん。チヒロちゃん……だよね。怖かったね」
呆然とする千紘。
千紘「真白、先輩……」
遼二「え? ……文原?」
接客用スマイルが崩れて、素の表情になる遼二。
そして身を翻して去ろうとする。
千紘「待って! 話がしたいんです!」
遼二「勘弁してくれよ。今日のことは忘れて」
千紘「いやです! わ、私は客です。サービスするって言ったの忘れちゃったんですか」
その言葉に足を止める遼二。
遼二「あの時の、文原だったのか……」
遼二は苦い顔をする。
こじゃれた店内。広いホールで数十人の大学生が飲み会を開いている。
店に備え付けられた黒板には「明京大English Speaking Societyへようこそ」と書かれている。
四人掛けのテーブルが十個ほど配置され賑わっている。
千紘「文原千紘です! 高校のときからずっと明大ESSに入るのが夢でした! 将来は翻訳家になりたいと思ってます!」
少し緊張気味の千紘が自己紹介している。
千紘は黒髪外ハネのボブカット、ショートパンツにボウタイブラウスを合わせていて垢抜けている。
K-POPアイドルのような目鼻立ちのはっきりとした美人。
テーブルの他三人、ナツミ(女子の先輩。ポニーテールで人なつっこい印象)・男子の先輩・同じく新入生女子、は「おおー!」とパチパチ拍手。
男子先輩「てか千紘ちゃんめっちゃかわいいね~」
隣に座る先輩が下心丸出しの雰囲気で体を近づけると、千紘は目を輝かせて自分からずいっと詰め寄る。
千紘「本当ですか!? ありがとうございます!!」
男子の先輩「お、おお。素直だね」
先輩は勢いに押されてたじたじになる。
千紘「大学デビューしようと思ってめちゃくちゃ研究したんです」
ナツミ「あははっ、千紘ちゃんおもしろいね。今度ほかの翻訳家志望の子も紹介してあげるよ」
千紘「わ、ありがとうございます!」
千紘M『翻訳家の夢もESSに入部したかったのも本当。でも動機は純粋なものだけじゃなくて……』
千紘「あの……真白遼二先輩って今日は来てないですか?」
千紘はきょろきょろと周囲を見渡す。
ナツミ「え、誰?」
千紘「真白先輩です。英文科二年の」
先輩たちが顔を見合わせる。
ナツミ「そんな人いるっけ?」
男子先輩「いいや」
ナツミ「千紘ちゃんの知り合い?」
千紘「高校のときお世話になった先輩で、絶対ESSに入るって言ってたんですが」
ナツミ「うちの大学、サークル数も多いから、結局別のところにしたのかもね」
話題はもう一人の新入生へと移る。千紘はまだ腑に落ちない顔。
千紘(そんなはずないのに……)
○繁華街・路上(夜)
新歓がお開きになり、千紘はしょんぼりしながら歩いている。
千紘M『一つ上の真白先輩。生徒会活動では随分助けてもらった』
千紘M『真面目で誰にでも優しくて――大好きだった』
千紘M『でも先輩には年上の彼女がいて、私なんか太刀打ちできなくて』
千紘M『だから気持ちを伝えることも――』
誰もいない放課後の教室で遼二にキスをされた記憶が一瞬フラッシュバック。
切ない顔の千紘。
千紘M『あのキスの意味を聞くこともできなかった』
千紘「彼女とは別れたらしいし、今度こそ逃げないって決めたのにな」
つぶやきながら歩いていると、道の傍らで男女がいちゃついている。
男性の腕を掴んで寄りかかる、ツインテールで地雷系ファッションの女の子。
男性のほうは、透明感のある美形。髪型は少し長めの明るい茶髪。服装はデニムとシャツのゆるカジスタイル。
エリ「ねえ、いいでしょリョウ。今日こそは行こうよ」
遼二「エリちゃんは甘えん坊だなあ」
千紘(わ……)
そこはラブホテルの前。
赤面し足早に通り過ぎようとするがつい横目で見てしまう千紘。
エリ「うんって言うまで離さないから!」
遼二「情熱的だねえ。俺って愛されてる~」
千紘「えっ」
千紘(ま、真白先輩!?)
男の顔を見てつい声が出てしまった千紘。
男のほうも千紘を見て目が合う。
遼二「おっと、もう時間だ」
エリ「じゃあ延長する!」
遼二「ごめん、予約入っちゃってて。ほら、次の子が待ってる」
エリ「あっ」
エリの手をやんわり振りほどき、千紘の肩にさっと手を回す遼二。
千紘「あの……」
遼二「ごめん、ちょっとだけ話合わせて」
遼二「じゃ、行こうか」
千紘に耳打ちし、足早に歩き出す遼二。千紘はぽかんとして、言われるがまま歩いていく。
○駅(夜)
遼二「助かったよ。あの子しつこくてさ。次から指名禁止だな……」
千紘「あ、あのっ」
遼二「あー、きみも良かったら指名して。サービスするから。じゃあね」
遼二はカードらしきものを渡してさっさと去って行ってしまう。
ぽかんとして渡されたものを見る千紘。それは花がデザインされたおしゃれな名刺だった。
千紘「恋人代行社エトワール・リョウ……?」
○学校・学食(昼)
翌日、学食で千紘はノートパソコンを見ている。
「恋人代行社エトワール」のホームページ。
千紘「レンタル彼氏の世界へようこそ。お好きなイケメンを選んで、お望みの恋をしてみませんか? ……うそ」
難しい顔をしていると、飲み会のときの女子先輩が駆け寄ってくる。
ナツミ「あ、千紘ちゃん。昨日はありがとね」
千紘「え、あ、こちらこそ」
隣に座るナツミ。
ナツミ「うちの学食、デザートの種類が豊富なんだよ。あとで見てごらん」
千紘「はい……あの、先輩はレ、レンタル彼氏とかって知ってますか?」
ナツミ「え? ああ、お金払ってデートしてもらうサービスだよね。友達が一時期ハマってたなあ」
千紘「デート……」
呆然とする千紘。
ナツミ「どしたの? 興味あるとか?」
千紘「い、いえ……」
ナツミ「だよねー。お金でデートしてもらっても私なら虚しくなっちゃうもん」
あははーと悪意なく笑っているナツミ。
千紘(あれは確かに真白先輩だった。てことは、隣にいた子はお客さん?)
千紘(なんでそんな仕事……)
ナツミが友達に呼ばれる。
ナツミ「あ、ごめん。もう行くね。またサークルのときに話そう」
千紘「は、はい!」
ナツミが去ってまたパソコンに向き合う千紘。
千紘「考えても答えなんかわかるはずない。本人に確かめないと」
画面はリョウの予約ページ。顔を隠した写真が載っている。
予約ボタンをポチる。
○駅前広場(昼)
お洒落をした千紘が緊張の面持ちで立っている。
千紘(ここで待っていたら真白先輩が来る? 本当に?)
そわそわと鏡をチェック。
千紘「前髪、変じゃない。リップ、落ちてない」
ナンパ男「うんうん、ちゃんとかわいいよ~」
話しかけてくる男が。しかし千紘は鏡に集中していて気付かない。
ナンパ男「ねえきみ誰かと待ち合わせ?」
ナンパ男「おーい」
千紘「……えっ、私ですか!?」
ナンパ男「そうそう」
千紘「あの、私あんまり土地勘なくて、交番ならそこに」
ナンパ男「いや道に迷ったんじゃなくてぇ……きみ天然だね。そうじゃなくて遊びに行こうよ」
千紘「……もしかしてナンパですか?」
千紘(今まで話しかけられるといえば道を聞かれるだけだったのに)
千紘(やっぱり大学デビュー成功してるみたい……!)
じーんと感動する。
千紘「真白先輩もこれならかわいいって思ってくれるかも……」
ナンパ男「おーい、一人の世界に入らないでくれるー?」
肩を叩かれそうになったところで、その手を遼二が掴む。
遼二「俺の彼女なんで他あたってもらえますー?」
モブは「ちぇー彼氏かよ」と退散して行く。
険しい目でモブを見ていた真白、ぱっと笑顔になり
遼二「遅くなってごめん。チヒロちゃん……だよね。怖かったね」
呆然とする千紘。
千紘「真白、先輩……」
遼二「え? ……文原?」
接客用スマイルが崩れて、素の表情になる遼二。
そして身を翻して去ろうとする。
千紘「待って! 話がしたいんです!」
遼二「勘弁してくれよ。今日のことは忘れて」
千紘「いやです! わ、私は客です。サービスするって言ったの忘れちゃったんですか」
その言葉に足を止める遼二。
遼二「あの時の、文原だったのか……」
遼二は苦い顔をする。


