朝からずっと足がガクガクと震えている。
 ずっと前から計画していたことなのに。
 心臓はバクバク言うし、喉がカラカラだ。
 この日が来てほしいという思いと、もう二度とこないでほしいという思いがあって。

 一歩進むたびに、やめてしまいたい。でも、やめてはだめだという葛藤が続く。

 ナズナたちだけではない。
 村民が、マヒルの家に行くこと自体はタブーとされている。
 村民の中には「そんな偉い方なら、こんなところに住まなきゃいいのに」と言って。
 翌日、その人は姿を消した。
 人々は震えあがった。
 どこまでが本当で、どこまでが嘘なのだろうか。

 辿り着いた家を前に。
 ナズナは吐き気を覚えた。
 ゲホゲホと軽く咳き込んで。
 右手と右足を同時に、前に出した。
「おう、ナズナじゃん」
 玄関前に立っているのはトペニだった。
 ナズナはトペニを見て、ほっと胸をなでおろす。
 マヒルの護衛は2人。
 目の前にいるトペニと最近、護衛になったスズメという堅物だ。
 ぶっちゃけナズナはトペニもスズメも嫌いだが。
 どちらか選べと言われたら、まだトペニのほうがましだと思っていた。
「あの…マヒル様に御用があって」
「おう、珍しいな。ちょっと待ってろ」
 トペニは白い歯を見せて笑顔で言った。
 これがスズメだったら、断られていたのかもしれない。
 ふうう…と大きくナズナはため息をついた。

「久しぶり、ナズナくん」

 何度見ても、マヒルの美貌には目がくらんでしまう。
 ナズナはまばたきを何度もして。
 あの…と言うが。次の言葉が出なかった。
「立ち話もなんですから、中へどうぞ」
 奥にいた侍女のバニラが言う。
「いえ。僕がマヒル様の家に入ることは出来ませんから」
 そもそも、お手伝いの人間であるナズナがマヒルの家に来ることが間違っている。
 バニラもマヒルもわかっていて。
 あえて、玄関まで足を運んでくれたのだ。
「ここで大丈夫ですから。すいません」
 そうだ、時間を取らせてはいけない。
 ナズナは右手をぐーにした。

「僕はマヒル様のことが好きです」