★五話『やっぱり好き』

・店に入ってきたのは怜。
花「えっ! 怜?!」
怜「花のおすすめどれ?」

麻友「まさか……花ちゃんの彼氏?」
・麻友がコソッと耳打ち
花「ち、違うよ。サークルが同じなの」
麻友「ほうほう、また聞かせて」
・ウインクする麻友。
・花は戸惑いながら、トレー片手に商品を選んでいる怜のところへ行く。

怜「これうまそ」
花「そのウインナーロール、一番人気の商品だよ」
怜「じゃあこれとこれ」
・怜はウインナーロールとクリームパンを取る。
・さらにハムサンドも入れる。

怜「他には?」
花「まだ食べるの? じゃあ、これとか可愛いよ」
・花は『猫ちゃんチョコパン』を指差す。
・キョトンとする怜。
怜「……」
花「あ、ごめんっ、自分が食べたいのをつい……」
怜「いいよ、これにする」
・怜はそう言ってアイスティーを二つ追加してからレジへ。麻友がレジ打ちをする。

花(あ、女の子と食べるんだ……)
・花は少し胸がチクンとする。

その時──
怜「花。外で待ってるから早くしろよ」
花「え?」
・怜はそれだけ言うと唇を引き上げ、店をあとにする。

──店の外・裏口──
・慌てて着替えて外に出ると、怜がパンの袋を持って待っている。
花「あのお待たせ……って言うか、どうしたの?」
怜「今日土曜で午後から空いてんだろ」
怜「シナハン行こ」
花「え! シナハンって、脚本を深掘りするために取材とかする、あのシナハン?!」

※シナハンとは業界用語でシナリオハンティングの略。(脚本を執筆する際に舞台となる場所やキャラ、バックボーンなどをより深く理解するために実際に現地を訪れて取材や調査すること)

怜「ほかに何があんだよ。ほら」
花「わっ……」
・怜は花にヘルメットを被せると目の前に停めてあったバイクにまたがる。

花「え、これ怜のバイク?」
怜「そ。乗って」
・おずおずと怜の後ろに乗り、怜の肩を掴む花。

怜「そんなんじゃ落ちるって」
・怜の手が伸びてきて花の手を自分の腰に回させる。花は怜と密着してドキドキする。
花(どうしよう、心臓が痛い)
怜「しっかり掴まっとけよ」
・バイクは走り出す。

──郊外・海──
・30分ほどかけて怜のバイクで海に到着する。
花「わぁ……」
・花は久しぶりに見る海に感嘆の声を上げる。
怜「こっち」
・怜はいくつか海に向かって伸びている防波堤の先にいくと腰を下ろす。
・少し距離を取ると、花も怜の隣に座る。

怜「腹減ったな。はい、ハムサンド」
花「私がハムサンド好きなの覚えててくれたんだ」
怜「いや、偶然」
花「そうですよね」
・怜はふっと笑いながら、花にアイスティーとハムサンドを渡す。

花「ありがとう」
怜「あと、この猫な」
・怜は花に猫が描かれたチョコパンを差し出す。
花「これね、店長の新作なんだけど可愛いから食べてみたいって思ってたんだ〜」
怜「好きだよな。そういう可愛い?やつ」
花「写真撮っとこ」
・花はスマホで写真をパシャリ。
・その様子をみていた怜は花のスマホの画面が二人の海の思い出である、線香花火をした時の画像だと気づく。

花「あ、お金払うよ」
怜「いいよ。脚本代の代わりってことで」
花「えっ、いいの?!」
怜「ぷはっ、パンで納得すんのかよ」
・また怜に揶揄われて少し口を尖らせる花。
・二人は海を見ながらたわいのない話をして、パンを食べ終わる。

怜「ごちそうさまでした」
花「おいしかった~」

怜「腹ごしらえもしたし、本題な」
怜「シナハンで海に来たことは?」
花「……海は初めて、かな」
・花は少し俯く。

花(海は初めて怜とキスした場所だから)
花(怜とのこと思い出すから、行く気になれなかったんだよね)

怜「花の企画は“海”も題材のひとつだし、恋人達の別れのシーンが海だからここにした」
・怜は水平線をじっと見つめる。

怜「……花は別れのシーンをヒロインが涙を流すことで描いてたけどさ、相手のことを想って決心固めた状況なら俺は違うかなって思うんだよね」
花「……」
花(別れのシーンを書く度、いつも苦しかった)
花(脚本の中のヒロインが自分に重なって、涙が出るから)
花(別れ話の時、私は泣いたけど怜は最後、どうして笑ったんだろう)
怜「花?」
・花は怜の声に顔を上げると、怜を見つめる。

花「別れた理由、教えて」
怜「……なに急に。それ脚本と関係ないじゃん」
花「関係あるよ。怜が忘れても、私は怜のこと忘れたことなかった……」
花「怜がなんで急に私と別れたがったのか、何度も自問自答して、でもわかんなくて」
花「泣くことしかできなかった」
花「だから、別れのシーンは私にとって泣きたくなる悲しい感情しか思い浮かばない……」
怜「……」
・怜は奥歯をぐっと噛みしめる。

花「だから知りたいの」
花「怜から何言われても……脚本書くの辞めたりしないし迷惑かけないから……」
・怜は迷うが一呼吸置き、口を開く。

怜「──須藤敬。それが俺の父親の名前」
花「え……っ、須藤、監督……?」
怜「っていっても、俺の母親とあの人は籍入れてないから、時折会う程度で親子って知ってる人はほとんどいない」
花(怜がまさか……須藤監督の息子だったなんて)
・怜は下唇を湿らせる。

怜「で、四年前の夏に……母さんが病気で倒れてさ」
花(!!)
怜「……幸い命に別状なかったけど、足に麻痺が残って車椅子になった。それでリハビリで定評のある病院に通うのに東京に引っ越すことになった」
・怜は難しい顔をしたまま、右の拳を握る。

怜「あのとき、母さんが精神的に不安定でさ。あの人に何度も連絡したんだけど、地方に撮影に行ってるからってそれっきりで……」
花「そんな……」
怜「その後やっと連絡きたと思ったら、母さんのことはお前に任すって」
怜「俺はお前達より映画が大事だからって言われた」
・泣きそうな顔で話す怜に花は胸が苦しくなる。

怜「花とのこと……遠距離ってまだあの頃は考えられなかったし、受験と母さんのケアで余裕なくて……」
怜「だから別れた」
怜「……二度と会えないなら、最後は笑顔だけを覚えてて欲しかった」
花(だから……私のこと想って、笑ってくれたんだ……)
・花は込み上げてきそうになる涙を堪える。

花「……ごめんなさい」
花「私……自分のことばっかりで、気づいてあげれなくて」
怜「花のせいじゃない」
怜「それに思ったんだ」
怜「俺も映画監督目指してる以上、映画と大切な人、両方選べるのかって言われたら無理だろうなって」
怜「……良きも悪きもあの人の血引いてんだよ」
怜「って、どうしようもない俺の話は終わり」

・花は自分のデニムをぎゅっと握る。
花「私は……怜のこと、どうしようもないなんて思わない」
花「怜はあのときからずっと変わってない」
・怜は花の言葉に呆れたように笑う。
怜「変わったよ。四年も経ってんだし」
怜「言ったよな? 俺、誰とでも寝るし。映画さえ作れたらあとはどうでもいい」
怜「今も花、連れ出してんのは脚本欲しくて利用してるってだけ」
怜「花が知ってる俺はもういない」
・冷たく突き放す言い方をする怜。

花「そんなことないっ」
花「自分のことはほとんど話してくれないくせに映画のことは時間を忘れて夢中で話すとこも、誰かの心を揺さぶるような、奪うような映画をつくりたいっていう想いも情熱も、何にも変わってない」
花「怜は怜だよっ」
・目尻に涙を浮かべながら怜を真っ直ぐに見つめる花
・そんな花から怜は視線が逸らせない。

怜「……なに? まだそんなに俺のこと好きなわけ」
花「好きだよ」
怜(!!)
・思ってもみない返事に大きく目を見開く怜。

花「悪い?! ずっと怜のこと忘れられなかった」
花「怜以上に好きな人なんて、一生できる気しないからっ」
・すごい剣幕の花の告白に、驚きながらも怜は数秒間フリーズしてから、ふっと笑う。

花「ちょっと……、人が真剣に……」
怜「怒んなよ」
・怜の手のひらが花の頬に触れ、怜の唇が花の唇に重ねられる。

花「──っ」
・そしてゆっくりと唇が離されると同時に花は、ぶわっと赤くなる。

花「な……なに、……いまの……」
怜「復縁キスの味はどう?」
花「え……いまなんて?」
・怜が立ち上がると、花の手を引いて立ち上がらせる。
怜「もっかい、恋やりなおそっか」

・太陽に照らされながら笑顔で花を見下ろす怜と赤面している花で五話〆