★二話『変わったモノ』

──野苺芸術総合大学・校舎前──

花「──怜?」
モブ女「なにこの子、怜の知り合い?」
怜「いや全然知らない」
花(な……っ)
怜「ぼーっとすんなよ」
・怜は派手なモブ女と腕を組んだまま行ってしまう。

・その姿を見ながら呆然とする花。
花(人、違い……?)
花(でも、あの女の子も怜って呼んでたし)
花(背が更に伸びて、雰囲気も違ったけど……絶対、怜だった)
・花は拳をぎゅっと握る。
花(それなのに……)
怜──『いや全然知らない』
花「………何よ」
花(怜とまた会えるなんて……予想外だったし、嬉しかったのに……)
花(私だけがずっと初恋引きずって、覚えてたなんて馬鹿みたい)
・花は怜の言葉と表情を思いだし俯きそうになるが、首をぶんぶんと振る。

花(あー、これ以上考えちゃだめだめ)
花(私が大学に来たのは夢の為)
花(それによく考えたら、こんな偶然なんてありえない)
花(きっと、怜によく似たそっくりさんだったのよっ)
花「うん、そうに違いない」
花「よしっ。頭、切り替え」
・花は顔を上げると、再び視聴覚室に向かって歩いて行く。

──視聴覚室──
・視聴覚室はかなり広く、ブースと個室がある。
・花は視聴覚室に置いてある、いろんなジャンルの映画DVDや卒業生や在校生が制作した映画のDVDが置いてある棚を順番に見ていく。
花「すごい……」
花(卒業生や在校生のもこんなにたくさん)
花「課題の参考にもなるし全部見たいな……」
花(いや、でもそうなると時間がいくら合っても足りないよね)
花(厳選して借りなきゃ)
花(まずは在校生の映画、観ようかな)
・花は去年の大学ムービーアワードで銀賞を受賞したと書かれた面置き作品を見つける。
花「すごい……去年の大学ムービーアワードで受賞した作品なんだ」
花(毎年、五百ほどの応募があるけど、受賞できるのは上位三作品だけ)
花(映像クリエイターの登竜門と呼ばれてるコンテストだよね)
・花はじっくり見ようと手を伸ばす。

花「え?」
・花はDVDパッケージに監督・夏宮怜の名前を見つける。
花「夏宮、怜って……」
花「これ……怜が撮った映画……?」
花(じゃあ……やっぱりさっき会ったのは──)
・タイトルは『線香花火の夜に』
・手を伸ばした瞬間、大きな手の指先が当たる。

花「あ、ごめんなさい」
・見上げれば、怜が立っている。
花「え……っ」
怜「これ俺のだから」
・そう言って怜はDVDを持つと歩き出す。

花「ちょっと待ってよ」
・その声に怜が振り返る。

怜「じゃんけんで勝ったら貸してやるよ」
花「え?!」
怜「じゃーんけん」
花「ちょっと……」
怜「ぽん」
・花はチョキ、怜はグーを出す。

花「あ……」
怜「俺の勝ち」
怜「ほんと花って全然変わってないのな」
花「今、花って……。覚えてたの?」
怜「んー、今思い出した」
花「……最低っ」
怜「どうとでも。ってことで、これは俺が観るから」
・手をひらひらさせて、歩き出した怜を追いかける。

花「待って」
怜「ついてくんな」
・怜は立ち止まると花と視線を合わせる。
怜「もう俺に話しかけんな」
花「怜?」
怜「名前も呼ぶな。じゃあな」
・怜は振り返らず、視聴覚室をあとにして廊下を歩いて行く。(辺りには誰もいないとする)
花(なによそれ)
花(あのときと一緒)
花(理由も言わずに突き放して)
花「待ってよ。私、ずっと怜に聞きたいことがあるのっ」
・花は思わず怜の腕を掴む。

怜「手、離せよ」
・怜は冷たく、花の手を振り払う。

怜「……知り合いだからって慣れ慣れしくすんなよ」
花(知り合い……)
・その言葉にショックを受ける花。
怜「大体、これは花が思ってるような映画じゃない」
花「……たい」
怜「え?」
花「それでも観たい」
花「きっと怜の想いがたくさん詰まってる映画だから」
怜「…………」
──その時、二人の後方から明るい声が聞こえてくる。

海莉「夏宮監督~、探したじゃん」
花(誰……?)
・怜の悪友である、柊海莉(ひいらぎかいり)、初出。金髪にピアスが左耳に一つ。187センチで役者希望。
怜「海莉かよ、何の用」
・その声に怜がぶっきらぼうに答える。
海莉「お取り込み中だった?」
怜「別に」
海莉「今年の映画祭についての脚本、相談したいんだけど」
海莉「ってこの子誰?」
怜「いや知らない。俺のストーカー?」
花「な……っ」
怜「海莉、行くぞ」
・海莉は花の顔をじっと見る。

海莉「ねぇ、見ない顔だけど一回生?」
海莉「あ、僕は柊海莉。メディア映像芸術コースの二回で俳優希望」
花「私は……有瀬花と言います。メディア映像芸術コースの一年で専攻は脚本です」
海莉「脚本?! うわっ、マジか!」
海莉「いきなりだけど、僕らの映画サークル『REI』って言うんだけどね」
怜「海莉」
・咎めるように怜が名前を呼ぶが、海莉は気にしない。
海莉「ちょっと黙ってて」
海莉「シナリオ書ける人、ずっと探してて。勧誘して希望者現れても怜が全然オッケー出さないからさ」
海莉「ね、怜」
怜「知らない」
・怜が海莉を睨むが海莉は知らんぷり。
海莉「うちの監督がごめんね。こんな感じで脚本家がずっと不在なんだ」
海莉「怜とも知り合いなら色々、擦り合わせとかもできると思うし」
海莉「良かったらうちのサークルで脚本やってくれると嬉しいけど?」
花「え……、でも」
花(怜と同じサークル、気になるけど……)
花(こんな気まずい状況だし……)

怜「そいつだけはダメだかんな」
海莉「はぁあ。なになに~怜ちゃん今日は特にご機嫌斜めじゃん」
怜「その呼び方やめろって言ったよな」
海莉「はいはい。照れてんの?」
・怜よりも三センチ背が高い海莉が怜の肩に腕を回すと、至近距離で怜を見つめる。

怜「誰が照れんだよ、ばか」
海莉「ほっぺ赤いよ」
怜「お前、距離感バグってんのどうにかしろよ」
・怜は海莉の腕を引き剥がす。

花(友達と話してる時の怜初めて見た)
花(すごく……仲良しそう)

海莉「ってことで、怜のことは置いといてさ」
海莉「花ちゃん、脚本書いてみない?」
怜「おい、何で花を名前で……」
・そこまで言って怜は口を閉ざす。
海莉「あ、やっぱ知り合いなんだね」
怜「黙れ、海莉。いい加減に……」
花「やらせてくださいっ」
怜「は?」
花「私……映画サークル入りたいと思ってて、私で良かったら入部したいです」
海莉「やったぁ~! じゃあ早速、新歓といきますか~」
怜「……嘘だろ……」
・怜は眉間に皺をよせ、呆れたような顔をしながらため息を吐き出す。。

──居酒屋・『おりおん』──(夜)

・二階のお座敷(掘りごたつ)を貸し切って、他の『REI』メンバーを待っている、怜と海莉と花。
海莉「花ちゃん、もうすぐ他のメンバー到着するからね」
花「あ、はい……」
花(勢いで入会するって言ったものの)
花(怜はずっと不機嫌だし)
花(とにかく、気まずい)
・怜は険しい顔でずっとスマホをいじっている。
・席は掘りごたつで長テーブルが二つつながっている。怜と花は向かい合わせで花の隣に海莉が座っている。

──その時、部屋の外から複数人の階段を上ってくる音が聞こえてきて、襖が開く。
仙道克巳(せんどうかつみ)「ごめん、遅れた」
・ラウンド眼鏡にゆるいパーマをあてている。大人な雰囲気。三回生。180センチ。
冬野椿姫(ふゆのつばき)「さきに始めてていいって言ったのに」
・栗色のロングヘアで綺麗系美人。身長165センチ。二回生
花(うわ……美男美女……)
海莉「あれ、あの子は?」
椿姫「笑里《えみり》なら、もう来るわよ」
花(えみり、ちゃん?)
・階段を駆け上がってくる音がする。
井筒笑里(いづつえみり)「すいませ~ん。最後になっちゃいました~」
花(わっ、可愛いっ! お姫様みたい……)
・いまどきのキラキラ一軍女子的な見た目。黒髪にインナーカラーはピンク色。元気いっぱいで明るく、美人。
・メンバーがそれぞれ着席する。(怜の隣に椿姫、椿姫の隣に仙道。海莉の横で仙道の真向かいに笑里)

海莉「早速だけど、我が映画サークル『REI』のメンバー紹介はじめさせていただきま~す」
海莉「そちらの仙道先輩が『REI』の映像技術担当してくれてます」
仙道「仙道克巳、三回。CGや音響も担当してる。宜しく」
・クールに挨拶を終える仙道。ぺこりと頭を下げる花。
海莉「お次は映像美術担当で、スタイリストも兼ねてる椿姫」
椿姫「冬野椿姫よ」
・椿姫はやや威圧感を感じる目で花をじっと見る。
花(綺麗な人だけど……ちょっと怖い)
海莉「椿姫~もっと愛想良くできないの?」
海莉「花ちゃんが固まってんじゃん」
花(やばい。顔に出てた……?)
・内心焦る花。
椿姫「知らない。次、笑里」
海莉「ちなみに僕と椿姫と怜は同じ高校の腐れ縁だから」
花「そう、なんですね」
花(だから、さっきあんなに怜と仲よさそうだったんだ)
花(高校生の怜ってどんな感じだったんだろう)
怜「海莉、そいつにあんま余計なこと言うな」
海莉「はいはい、じゃあ笑里ちゃんど~ぞ」
笑里「井筒笑里、一回生で俳優目指してまーす」
・ネイルの施された手の人差し指を頬の横に立てて首をかしげたポーズをする。
花(アイドルみたいにかわいい……っ)
花(更に同い年なんて、嬉しいな)

海莉「笑里ちゃんは、仙道先輩と幼なじみなんだよ」
・「えへへ」とはにかむ笑里。
海莉「最後は怜ね」
・花は怜に視線を向けるが怜はふいと逸らす。
怜「俺はいい」
花(予想はついてたけど……)
・花はシンとした雰囲気にややいたたまれなくなる。

海莉「ま。いっか。二人知り合いみたいだし」
・その言葉に椿姫が黙って怜を横目に見る。
椿姫「……」

海莉「じゃあ花ちゃんから一言いい?」
花「はい」
・花は姿勢を正す。

花「有瀬花と言います。メディア映像芸術コースの一回生です」
花「小さい頃から映画が好きでずっと映画作りに携わりたいと思ってました」
花「誰かの心に……届くような脚本を書けるよう、精一杯頑張りますので宜しくお願いします」
・花はぺこりとお辞儀をする。
海莉「はい、みんな拍手~」
・花は他のメンバーから拍手されるが、怜だけはスマホの画面を見たまま。
・ちょうど飲み物が運ばれてくる。

海莉「一年メンバーはオレンジジュース、あとはビール頼んどいたからね~」
・花と笑里の前にはオレンジジュースが置かれる。
・そして海莉もオレンジジュース。
・花の視線に気づいた海莉が口を開く。
海莉「僕、誕生日きてなくてまだお酒飲めないんだ」
花「なるほどです」
・花はビール片手の怜をちらっとみる。
花(怜は四月生まれだからもう二十歳なんだ)
花(ビールとかなんか大人……)
海莉「それではカンパーイ」
・みんなでグラスを合わせて乾杯する。

花(不安もあるけど)
花(でもそれより、期待で胸が膨らむ)
花(私の物語の幕が上がる気がした)

・花が映画サークル『REI』に入会し、期待で胸が高鳴るシーンで二話〆。