「――きて……起きて!」

暗闇の中、誰かが呼んでいる。

「起きて!!」

はっと目を覚まし、身を起こす。
周囲にはきらびやかな装飾品が並ぶ。
寝ているベッドも高級そうなもの。
傍らには、金髪の見知らぬ女性がいた。
綺麗なブルーアイを持つ美女だ。

「よかった、生きていて。深手の傷を負ってたから、助からないかと」

肩をおろす女に、尋ねる。

「フォンは!?....フェンリルに似たモンスターはどうなりましたか!!?」

「.....残念ながらもう......」

申し訳なさそうに視線を落とす。

「.....そうですか」

俺はすぐさま立ち上がり、横にあった剣を装着する。

「お世話になりました」

一礼し、部屋を出ていこうとするも――

「待って!」と呼び止められる。

「これから、どうするつもりなの?」

.......そんなの、決まっている。

「相棒の仇を討ちにいきます」

女の表情が曇る。

「馬鹿言わないで。あなた、さっきまで死にかけていたのよ?」

責めるような視線。
助けた相手が、命を軽んじていることに不快感を覚えたのだろう。

「とりあえず、今は座って」

「……わかりました」

素性は不明だが、この人は命の恩人。
従うべきだと判断し、ベッドに腰を下ろす。

「あの」

気になることを尋ねる。

「ここはどこで、あなたは誰ですか?」

「……そういえば、自己紹介がまだだったわね」

女が立ち上がる。

「ここはローシャ王国の王城。そして私がその姫、リアディスよ」

ローシャ王国――
俺を追放した国だ。
それに姫って言ったよな。
...殺すよう命じた王の娘ということか。

「なぜ、俺を助けたんです? 父君とは敵同士のはずなのに」

「私個人として、あなたを見捨てられなかったの」

そう言って、彼女は穏やかに微笑んだ。

「もしかして、疑ってる?」

「失礼ながら……」

頭を下げる。
恩人に対して無礼なのは承知だったが、それでも疑念を拭えない。

「王が俺の入室を許すとは思えませんし、怒り狂っていたシタールをどう説得したのかも」

「確かに父は反対していたわ。でも、何度も頼み込んで、ようやく同意してくれたの」

娘とはいえ、簡単に通るとは思えない。
何か裏があるのでは……。

「それに、シタール君とは仲が良いの。だから、話を聞いてくれたわ」

思わず耳を疑う。
名誉のためにフォンを殺した男が、意見を曲げて従うなど――想像できなかった。

やはり、この姫も信用できない。

「疑いは.....晴れなかったみたいね」

そう言いながら、彼女は何事もなかったように手を叩く。

「あっ、そうだ。医師から伝言があるの」

医師……俺を治療した人物か。

「あなたの回復は異常に早かったって。ただ、そのぶん栄養はしっかり摂るように、とのことよ」

……なるほど。
傷の治りが早いのも、スキルの影響かもしれない。

「だから、今から食事にしましょう?」

「……すみませんが、遠慮します」

フォンが死んだ直後のため、食事などできる気分ではなかった。
それに、敵国の料理を口にするのもリスクがある。

「うーん。でももう、シェフに作らせちゃったし」

リアディスが困ったように考える。

「毒が入っていないって、どう証明すればいいのかしら」

拒絶の仕方が露骨だったかもしれない。
疑っているのが伝わってしまった。

「……私が毒見するのはどう? それなら安心でしょ」

「……分かりました。そこまで言ってくださるのなら、お言葉に甘えます」

彼女の案内で食堂へ向かう。
王族以外に、裕福そうな市民の姿も多い。

「こちらの席よ」

指定されたのは二人用の席だった。
姫が先に料理に口をつけ、「大丈夫でしょ?」と言いたげにこちらを見る。

「いただきます」

「ええ……召し上がれ」

……長く節約生活をしていたせいか、料理がとても贅沢に感じる。
特に目の前の肉は、噛むたびに旨味があふれる。
一口食べると、手が止まらなかった。
抑えていた食欲が一気に噴き出す。

……相棒が死んだというのに。
そんなこと関係なく、体が食べ物を求めていた。

「ふふっ。あなたの食べっぷりを見たら、シェフも喜ぶわ」

姫の微笑みに、何か含みを感じた。

「ごちそうさまでした」

全て平らげ、手を合わせる。

「今日は助けていただいた上に、ご馳走まで……ありがとうございます」

「……ふふっ」

彼女はくすくすと笑い出す。

「そう言ってもらえると、用意した甲斐があったわ」

「すみません、何かおかしなことを……?」

貴族のマナーに反してしまったのだろうか。

「おかしなこと? ……そうね、しいて言うなら。あなたが肉料理を食べる姿が、とても微笑ましかったわ」

「……?」

何かがおかしい。
貧乏人が肉を食べるのが可笑しかった? 
....違う。
姫の目が、まるで――あざ笑うかのようだった。

「まだピンときてないようね。いいわ、教えてあげる」

微笑みながら、ゆっくりと顔を近づける。

「この肉料理の材料はね……」

口元を手で覆い、囁いた。

「あなたの相棒だった肉を使っているのよ」








※追記
次回、覚醒回です。
リザヤが完全覚醒し、そして....