集まり出した無数の光は、やがて塊になっていった。
(.....考えろ。何か打開できる策はないか)
まずは状況を整理する。
ビットナイトは、すでに機密の一部を話した。
つまり、盗み聞きがバレた時点で死は確定。
素直に姿を見せて交渉という手も使えない。
……いや、そもそも。
あの性格からして、聞いてなくても人間を見逃すとは思えないが。
「.....................」
――待てよ。
ここにいたのが人間ではなく、魔物だと思わせたらどうだ?
やってみる価値はある。
小声で囁くように「召喚」と唱える。
地面に魔法陣が浮かび、オークが出現。
すぐにある“指示”を出す。
「……ゴホ」
命令どおり、オークが咳をし始めた。
そのまま茂みから立ち上がり、ビットナイトの前に姿を現す。
「……おや、オークでしたか」
奴の手から光の塊が消える。
「どうやら、驚かせてしまったようですね。申し訳ない」
オークは再び咳き込む。
ルーナの咳と勘違いさせるためだ。
「もしかして、私が土煙を巻き上げたせいで咳を?」
ビットナイトがオークに近づく。
「……ブォ?」
このままだと茂みに、俺たちがいるのが露見する。
それを察したのか、オークも龍の魔物へと歩み寄った。
(……さて、どう出る)
相手がどんどんと近づく。
二体の魔物の距離は1メートルを切った。
すると、ビットナイトが魔法陣を展開し、手を差し込んだ。
緊張が走る。
――しかし、
取り出されたのはポーション、回復薬だった。
「これはお詫びとして、受け取って下さい。少しは喉に効くはずですから」
ポーションがオークの手に渡る。
「では、私はこれで」
ビットナイトは背を向け、ラミアの元へ戻る。
亡骸を抱え、羽を広げると――
空へと飛び立ち、大空を翔るように去っていった。
「……あいつ、同族には優しいんだな」
――ほっと息を吐く。
ひとまず、修羅場は越えたか。
「召喚解除」
分身にポーションを譲り受けた後、召喚を解いた。
「見たところ、普通のポーションだな」
念のため蓋を開け、数滴を口に含む。
毒があれば、何らかの拒否反応が出るはず。
「…………」
口に含んでしばらく経過した。
「……よし、大丈夫だな」
毒は確認されなかった。
これならルーナに使える。
気を失っているルーナを抱き上げ、口元にポーションを注ぐ。
「──ごほっ」
液体が喉につっかえたのか、数度咳き込んでいた。
▽
しばらくして、ルーナが目を開けた。
姿が人間からサキュバスへと変わり、大きな魔力が溢れる。
「……助けてくださり、ありがとうございます」
――起き上がった彼女に、違和感を覚える。
いつもの柔和な雰囲気ではない。
毅然とした印象。
「....あんた、一体誰だ?」
「あらっ、名前で呼んで下さらないのですか?私もルーナですのに」
彼女は、口に手を添え静かに笑う。
「まぁ...無理もないかもしれませんね。貴方とは滝つぼで会って以来ですから」
滝つぼ以来......。
そういえば、初めて出会ったときも今のように麗しかった。
だが人間に戻ってからは、鳴りを潜めたが。
...彼女は、2つの人格があると言っていた。
いつもが人間の方の人格だとしたら.....。
この彼女は──
「あんた....。もしかして、サキュバスの方のルーナか?」
首を縦に振り、うなづく彼女。
「普段は表には出ませんが.....。あの子に危機が迫った時だけ、私が代わるようにしています」
……つまり、俺が危険だと判断して現れた、ということか。
まぁ、ラミアへの対応を考えれば妥当かもしれない。
「あっ、別に貴方のことを疑っているわけではありませんよ?」
ルーナが俺の反応を察し、すぐに補足する。
「出会った時から警戒なんてしていませんでしたから」
「....何でだ?....大半の男は魅了に掛かるんだ。俺のことだって警戒しそうなもんだが」
「それは....。普通なら目を合わせた瞬間に掛かるのですが、貴方の場合は違いましたので」
……なるほど。
だから、耐性があると判断して警戒を解いたのか。
「じゃあ、あの時は? ほら、チンピラ二人組に絡まれたとき」
「……そうですね。確かに、あの場面では交代すべきだったかもしれません」
彼女の表情が変わる。
優雅な雰囲気から一転、陰を帯びたものへ。
そして頭を下げた。
「ごめんなさい。実はあの時、貴方を試しました」
「……何を?」
「私を助けてくれるを、です」
「俺が助けなくても、あんたの人格なら何とかできただろ」
「確かに貴方の言う通りです。....ただ」
彼女は顔を上げ、真っすぐにこちらを見る。
「私が対処していたら、あの子と貴方が旅をすることもなかったでしょう」
「……」
まさか。
俺とルーナが関わるよう仕向けるために、あえて静観を.....。
「貴方を巻き込んでしまったことは、本当に申し訳なく思っています。けれど、どうしても……あの子に人との繋がりを知らないまま死んでほしくなかった」
もう後がないかのような表情。
「せめて最後くらいは、気を許せる人との思い出を……」
最後、か。
どちらの人格も、自分の命を諦めているのだろう。
「どうしてあんたは、もう一つの人格にそこまで入れ込む?」
「.......あの子が一人になったのは、私のせいだからです」
視線を伏せ、胸に手を当てる。
その顔には深い罪悪感がにじんでいた。
「……あの子が人里へ降りた理由、知っていますか?」
「……理由って、追手から逃げるためだろ」
「いえ、勇者の力を借りるためです」
....勇者の力?
「...........!」
..そうか。
一瞬なぜかと思うも、追手はあの魔王軍。
お互い因縁の相手だ。
「なるほど。つまり、勇者に魔王軍から助けてもらおうとしたってわけか」
ルーナが魔物でも、人間の姿を装えば可能だろう。
「....はい。ですが、私の能力のせいで……その望みすら絶たれました」
「あんたの能力....。あっ、もしかして魅了か?」
彼女は小さくうなずいた。
「魅了が暴走して、正体を隠せなかったんです」
……魅了の暴走か。
恐らく、チンピラ2人組のような奴らを町中で増やしてしまったのだろう。
そんな中だと、確かに正体を隠すのは難しい。
「……前にルーナが言っていた“村の崩壊”って、それが原因か?」
「……はい」
「……そうか。それは……大変だったな」
少し沈黙があった後、彼女は懺悔するように話し始めた。
「この力のせいで、あの子は……男性からは常に欲望の目を、女性からは敵意を向けられました」
彼女の表情が一層、陰を帯びる。
「そして村の崩壊を皮切りに....。頼みの勇者からも追われるようになって........」
桃髪女の力んでいた体がフッと抜ける。
「.......あの子が、独りになったのは全て私のせいなんです」
「...........」
「だから、あの子にどう償うか……この一年、ずっとそのことばかり考えていました」
――もう一つの人格への罪の意識。
それが、彼女がルーナに強く執着する理由か。
「……でも、そんな時に出会ったんです。魅了にかからない、貴方に」
彼女は、縋るような眼差しをこちらに向けた。
「私直感しました。貴方を逃せば、あの子は誰とも繋がらないまま死ぬことになると」
続けて彼女は言った。
「だから、あのときも……。男性二人に絡まれた時も、貴方の助けを待ちました」
その告白に、俺は肩をすくめて笑った。
「つまり、俺は策にまんまと嵌められたってわけだ。あんたの狙い通り、ルーナとは関わるようになったしな」
彼女はもう一度、深く頭を下げた。
「あの子を助けてくれて、さらに協力関係まで結んでいただいて.....。このご恩は一生、忘れません」
「別に気にすんな。ルーナに関わったのは俺の判断だ」
肩をポンと叩き、頭を上げさせる。
「それに助けたって言っても、魔力を後ろから送っただけだ。リスクを負ってないし、大したことじゃない」
「いえ、そんなことはありません」
意外にも、彼女は即座に否定した。
「もし貴方が正面から追い払っていたら、“ビットナイト”にスキル情報が渡っていたかもしれませんから」
「.....ビットナイト」
「.........................」
2人の間の空気が一層、重くなる。
ルーナと彼女が、生きる希望を捨てた元凶とも言える存在。
護衛として守るには、あいつを倒すしかない。
だが、正面からではまず勝てない相手。
せめて、弱点──いや、奴の弱みなら何でもいい。
それを交渉に使って、罠に嵌めれるなら。
....そのためには、奴らの秘密を握ることが前提になる。
奴ら....魔王軍の秘密。
──機密
「.....そうだ!奴らの機密」
「えっ?」
サキュバスが、過剰に反応した。
「なあ、あんたは魔王軍の機密を知ってるんだろ?」
「……はい」
「教えてくれ。この森全体の“機密”って、一体何なんだ?」
「……ごめんなさい。話せません」
勢いよく頭を下げ、長い髪が揺れた。
「機密を話せば、貴方も標的になってしまいますから」
……俺を巻き込みたくない、か。
──だが、ここは譲れない。
「......ルーナの考えは分かった。でもな、俺は逆なんじゃないかと思ってる」
「それは……どういう意味でしょう?」
「俺は、ルーナが魔王軍の機密を握っていることを知っている。そんな奴を魔王軍が放っておくとは思えない」
「つまり、貴方は既にターゲットになりうると……?」
「あぁ」
現にラミアも、俺とルーナの接触を知った時点で襲ってきた。
「つまり俺は、機密も知らないのに狙われる可能性がある。......これって一番危険だと思わないか?」
彼女はハッとしたように顔を上げた。
「たしかに……敵の目的が分からなければ、対策も立てられません」
「そう。だけど逆に、機密を知れば敵の動機が読める。幾つか、方法が見つかるかもしれない」
「..........でも、それでも.....この秘密を知ることは本当に危険で──」
彼女の表情に、迷いが浮かぶ。
あと一押し、といったところか。
「安心しろ。魔王軍の中で、俺を知る者はすべて葬ってきたんだ。つまり今、敵は俺を認識していない」
彼女はごくりと唾を飲み込む。
「その状態で機密を握れば、大きなアドバンテージになる」
「……どうして?」
「一言で言えば、情報戦で有利になるからだ」
ピンと来てなさそうだったので、補足を加える。
「向こうは俺のことを知らない訳だから、当然マークできないだろ?対して俺は機密がヒントになって敵の動きが読めるかもしれねぇ」
「................」
「その差を上手く利用すれば、魔王軍から逃げ切れるはずだ」
彼女は俺の顔を真剣に見つめた。
きっと、俺の覚悟を見定めたいのだろう。
なら取るべき行動は──誠意を込めて頼み込むこと。
「……だから、俺を助けると思って機密を教えてくれ」
「……後戻りできなくなっても、知りたいですか?」
「ああ」
「機密を話すことは、私たちの“出自”にも触れます」
出自……彼女にとっては触れたくない話だろう。
「どうかお願いです。出自がどうであっても、あの子のことを嫌わないであげてください。私のことは、何て言ってくれても構いませんので」
「分かった。どんな出自でも、ルーナを拒んだりしない。勿論、あんたもな」
サキュバスは一度大きく息を吐いた。
「まず、なぜ私が魔王軍の機密を知っているのか。その理由から話します」
「…………」
「……実は私、魔王の娘なんです」
(.....考えろ。何か打開できる策はないか)
まずは状況を整理する。
ビットナイトは、すでに機密の一部を話した。
つまり、盗み聞きがバレた時点で死は確定。
素直に姿を見せて交渉という手も使えない。
……いや、そもそも。
あの性格からして、聞いてなくても人間を見逃すとは思えないが。
「.....................」
――待てよ。
ここにいたのが人間ではなく、魔物だと思わせたらどうだ?
やってみる価値はある。
小声で囁くように「召喚」と唱える。
地面に魔法陣が浮かび、オークが出現。
すぐにある“指示”を出す。
「……ゴホ」
命令どおり、オークが咳をし始めた。
そのまま茂みから立ち上がり、ビットナイトの前に姿を現す。
「……おや、オークでしたか」
奴の手から光の塊が消える。
「どうやら、驚かせてしまったようですね。申し訳ない」
オークは再び咳き込む。
ルーナの咳と勘違いさせるためだ。
「もしかして、私が土煙を巻き上げたせいで咳を?」
ビットナイトがオークに近づく。
「……ブォ?」
このままだと茂みに、俺たちがいるのが露見する。
それを察したのか、オークも龍の魔物へと歩み寄った。
(……さて、どう出る)
相手がどんどんと近づく。
二体の魔物の距離は1メートルを切った。
すると、ビットナイトが魔法陣を展開し、手を差し込んだ。
緊張が走る。
――しかし、
取り出されたのはポーション、回復薬だった。
「これはお詫びとして、受け取って下さい。少しは喉に効くはずですから」
ポーションがオークの手に渡る。
「では、私はこれで」
ビットナイトは背を向け、ラミアの元へ戻る。
亡骸を抱え、羽を広げると――
空へと飛び立ち、大空を翔るように去っていった。
「……あいつ、同族には優しいんだな」
――ほっと息を吐く。
ひとまず、修羅場は越えたか。
「召喚解除」
分身にポーションを譲り受けた後、召喚を解いた。
「見たところ、普通のポーションだな」
念のため蓋を開け、数滴を口に含む。
毒があれば、何らかの拒否反応が出るはず。
「…………」
口に含んでしばらく経過した。
「……よし、大丈夫だな」
毒は確認されなかった。
これならルーナに使える。
気を失っているルーナを抱き上げ、口元にポーションを注ぐ。
「──ごほっ」
液体が喉につっかえたのか、数度咳き込んでいた。
▽
しばらくして、ルーナが目を開けた。
姿が人間からサキュバスへと変わり、大きな魔力が溢れる。
「……助けてくださり、ありがとうございます」
――起き上がった彼女に、違和感を覚える。
いつもの柔和な雰囲気ではない。
毅然とした印象。
「....あんた、一体誰だ?」
「あらっ、名前で呼んで下さらないのですか?私もルーナですのに」
彼女は、口に手を添え静かに笑う。
「まぁ...無理もないかもしれませんね。貴方とは滝つぼで会って以来ですから」
滝つぼ以来......。
そういえば、初めて出会ったときも今のように麗しかった。
だが人間に戻ってからは、鳴りを潜めたが。
...彼女は、2つの人格があると言っていた。
いつもが人間の方の人格だとしたら.....。
この彼女は──
「あんた....。もしかして、サキュバスの方のルーナか?」
首を縦に振り、うなづく彼女。
「普段は表には出ませんが.....。あの子に危機が迫った時だけ、私が代わるようにしています」
……つまり、俺が危険だと判断して現れた、ということか。
まぁ、ラミアへの対応を考えれば妥当かもしれない。
「あっ、別に貴方のことを疑っているわけではありませんよ?」
ルーナが俺の反応を察し、すぐに補足する。
「出会った時から警戒なんてしていませんでしたから」
「....何でだ?....大半の男は魅了に掛かるんだ。俺のことだって警戒しそうなもんだが」
「それは....。普通なら目を合わせた瞬間に掛かるのですが、貴方の場合は違いましたので」
……なるほど。
だから、耐性があると判断して警戒を解いたのか。
「じゃあ、あの時は? ほら、チンピラ二人組に絡まれたとき」
「……そうですね。確かに、あの場面では交代すべきだったかもしれません」
彼女の表情が変わる。
優雅な雰囲気から一転、陰を帯びたものへ。
そして頭を下げた。
「ごめんなさい。実はあの時、貴方を試しました」
「……何を?」
「私を助けてくれるを、です」
「俺が助けなくても、あんたの人格なら何とかできただろ」
「確かに貴方の言う通りです。....ただ」
彼女は顔を上げ、真っすぐにこちらを見る。
「私が対処していたら、あの子と貴方が旅をすることもなかったでしょう」
「……」
まさか。
俺とルーナが関わるよう仕向けるために、あえて静観を.....。
「貴方を巻き込んでしまったことは、本当に申し訳なく思っています。けれど、どうしても……あの子に人との繋がりを知らないまま死んでほしくなかった」
もう後がないかのような表情。
「せめて最後くらいは、気を許せる人との思い出を……」
最後、か。
どちらの人格も、自分の命を諦めているのだろう。
「どうしてあんたは、もう一つの人格にそこまで入れ込む?」
「.......あの子が一人になったのは、私のせいだからです」
視線を伏せ、胸に手を当てる。
その顔には深い罪悪感がにじんでいた。
「……あの子が人里へ降りた理由、知っていますか?」
「……理由って、追手から逃げるためだろ」
「いえ、勇者の力を借りるためです」
....勇者の力?
「...........!」
..そうか。
一瞬なぜかと思うも、追手はあの魔王軍。
お互い因縁の相手だ。
「なるほど。つまり、勇者に魔王軍から助けてもらおうとしたってわけか」
ルーナが魔物でも、人間の姿を装えば可能だろう。
「....はい。ですが、私の能力のせいで……その望みすら絶たれました」
「あんたの能力....。あっ、もしかして魅了か?」
彼女は小さくうなずいた。
「魅了が暴走して、正体を隠せなかったんです」
……魅了の暴走か。
恐らく、チンピラ2人組のような奴らを町中で増やしてしまったのだろう。
そんな中だと、確かに正体を隠すのは難しい。
「……前にルーナが言っていた“村の崩壊”って、それが原因か?」
「……はい」
「……そうか。それは……大変だったな」
少し沈黙があった後、彼女は懺悔するように話し始めた。
「この力のせいで、あの子は……男性からは常に欲望の目を、女性からは敵意を向けられました」
彼女の表情が一層、陰を帯びる。
「そして村の崩壊を皮切りに....。頼みの勇者からも追われるようになって........」
桃髪女の力んでいた体がフッと抜ける。
「.......あの子が、独りになったのは全て私のせいなんです」
「...........」
「だから、あの子にどう償うか……この一年、ずっとそのことばかり考えていました」
――もう一つの人格への罪の意識。
それが、彼女がルーナに強く執着する理由か。
「……でも、そんな時に出会ったんです。魅了にかからない、貴方に」
彼女は、縋るような眼差しをこちらに向けた。
「私直感しました。貴方を逃せば、あの子は誰とも繋がらないまま死ぬことになると」
続けて彼女は言った。
「だから、あのときも……。男性二人に絡まれた時も、貴方の助けを待ちました」
その告白に、俺は肩をすくめて笑った。
「つまり、俺は策にまんまと嵌められたってわけだ。あんたの狙い通り、ルーナとは関わるようになったしな」
彼女はもう一度、深く頭を下げた。
「あの子を助けてくれて、さらに協力関係まで結んでいただいて.....。このご恩は一生、忘れません」
「別に気にすんな。ルーナに関わったのは俺の判断だ」
肩をポンと叩き、頭を上げさせる。
「それに助けたって言っても、魔力を後ろから送っただけだ。リスクを負ってないし、大したことじゃない」
「いえ、そんなことはありません」
意外にも、彼女は即座に否定した。
「もし貴方が正面から追い払っていたら、“ビットナイト”にスキル情報が渡っていたかもしれませんから」
「.....ビットナイト」
「.........................」
2人の間の空気が一層、重くなる。
ルーナと彼女が、生きる希望を捨てた元凶とも言える存在。
護衛として守るには、あいつを倒すしかない。
だが、正面からではまず勝てない相手。
せめて、弱点──いや、奴の弱みなら何でもいい。
それを交渉に使って、罠に嵌めれるなら。
....そのためには、奴らの秘密を握ることが前提になる。
奴ら....魔王軍の秘密。
──機密
「.....そうだ!奴らの機密」
「えっ?」
サキュバスが、過剰に反応した。
「なあ、あんたは魔王軍の機密を知ってるんだろ?」
「……はい」
「教えてくれ。この森全体の“機密”って、一体何なんだ?」
「……ごめんなさい。話せません」
勢いよく頭を下げ、長い髪が揺れた。
「機密を話せば、貴方も標的になってしまいますから」
……俺を巻き込みたくない、か。
──だが、ここは譲れない。
「......ルーナの考えは分かった。でもな、俺は逆なんじゃないかと思ってる」
「それは……どういう意味でしょう?」
「俺は、ルーナが魔王軍の機密を握っていることを知っている。そんな奴を魔王軍が放っておくとは思えない」
「つまり、貴方は既にターゲットになりうると……?」
「あぁ」
現にラミアも、俺とルーナの接触を知った時点で襲ってきた。
「つまり俺は、機密も知らないのに狙われる可能性がある。......これって一番危険だと思わないか?」
彼女はハッとしたように顔を上げた。
「たしかに……敵の目的が分からなければ、対策も立てられません」
「そう。だけど逆に、機密を知れば敵の動機が読める。幾つか、方法が見つかるかもしれない」
「..........でも、それでも.....この秘密を知ることは本当に危険で──」
彼女の表情に、迷いが浮かぶ。
あと一押し、といったところか。
「安心しろ。魔王軍の中で、俺を知る者はすべて葬ってきたんだ。つまり今、敵は俺を認識していない」
彼女はごくりと唾を飲み込む。
「その状態で機密を握れば、大きなアドバンテージになる」
「……どうして?」
「一言で言えば、情報戦で有利になるからだ」
ピンと来てなさそうだったので、補足を加える。
「向こうは俺のことを知らない訳だから、当然マークできないだろ?対して俺は機密がヒントになって敵の動きが読めるかもしれねぇ」
「................」
「その差を上手く利用すれば、魔王軍から逃げ切れるはずだ」
彼女は俺の顔を真剣に見つめた。
きっと、俺の覚悟を見定めたいのだろう。
なら取るべき行動は──誠意を込めて頼み込むこと。
「……だから、俺を助けると思って機密を教えてくれ」
「……後戻りできなくなっても、知りたいですか?」
「ああ」
「機密を話すことは、私たちの“出自”にも触れます」
出自……彼女にとっては触れたくない話だろう。
「どうかお願いです。出自がどうであっても、あの子のことを嫌わないであげてください。私のことは、何て言ってくれても構いませんので」
「分かった。どんな出自でも、ルーナを拒んだりしない。勿論、あんたもな」
サキュバスは一度大きく息を吐いた。
「まず、なぜ私が魔王軍の機密を知っているのか。その理由から話します」
「…………」
「……実は私、魔王の娘なんです」
