「……気持ちはありがたいが、すまない。断らせてほしい」
「そう…ですか」
「こっちの事情で、なるべく人を避けて通りたいんだ」
俺の返答に、彼女は肩を落とした。
「でも、お礼が迷惑ってわけじゃない」
「い、いいんです。気を遣っていただかなくても」
「………」
沈黙が続く。気まずい空気。
このまま別れるのも後味が悪い。
それなら――
「なあ、良かったら出口までの道順を教えてくれないか?」
「…! は、はいっ!ぜひ!」
彼女はすぐに服の中から地図を取り出した。
「この森には出口が複数あって――…っ!?」
説明の途中、彼女の顔が強ばる。
....俺の腕を掴み、強く引っ張った。
その勢いで前につんのめる。
そして、目の前には――服越しにも分かる、大きな膨らみ。
「うっぷ――」
顔が、柔らかな肉の海に沈む。
ズドン!!
直後、背後で大きな音が響いた。
何が起きた?
今のは…何かが落ちた音か?
「あっ、あれは……ゴブリン」
恐怖からか、彼女の腕に力がこもる。
(息が……できない。苦しい)
とっさに肩を叩いた。
「あっ!?す、すみません! つい力が入ってしまって……」
「ぷはっ……。いや、謝る必要はねぇよ。あんたが引っ張ってくれなきゃ、今ごろ俺の頭はかち割れてたからな」
彼女の視線につられて、上を見る。
「キキィィッキキィ!!」
大樹の上、二匹のゴブリンが嘲笑っていた。
なるほど、落ちてきたのは大きな木の実か。
木のてっぺん――物を落とすには最適の場所だ。
しかも、不意打ちにもなる。
……なかなか賢いやり方だ。
「あのっ! 急いで逃げましょう!」
「……悪いけど、試したいことがあるんだ。だから俺は戦う」
試したいこと。それは、新しく手に入れた能力。
「前借りと前貸し」
《前借りする対象を目視してください》
手前のゴブリンを見た。
《前貸しする対象を目視してください》
奥のゴブリンを見る。
《スキルを発動します》
その瞬間、奇妙な感覚が体を走る。
前借りで流れ込む魔力――
だが同時に、前貸しでその魔力が抜けていく。
まるで、水を飲みながらうがいをしてるような感覚だ。
手前のゴブリンは動きが鈍り、逆に前貸しした方は活発になる。
「........」
二匹の様子を見て、スキルを停止する。
……この能力、かなりクセが強い。
通常なら、前借りすれば右目に負債のプロンプトが表示される。
だが今回は何も出なかった。
たぶん、借りた魔力が即座に流れ出たからだ。
つまり――負債にはなっていない。
よって、魔力元本の支払い義務もなし。
じゃあ、逆に債権者として認定されたかというと、それも違う。
貸した相手にも、負債プロンプトは表示されなかった。
……今回は、どちらにもカウントされていない。
ただ、魔力を通しただけ。
まるで花粉を運ぶ虫のように。
「魔力の媒介者、ってところか」
《リース&バンス》は魔力を媒介するスキル。
実戦でどう使えるかは、まだ見えない。
だが、効果が判明しただけでも十分な収穫だ。
「さて……。スキルの実験も終わったし、こいつらを片付けるか」
▽
「す、すごい……あのゴブリンをあっという間に……」
「回収」
……ゴブリン2体から、魔力を200奪う。
これで保有魔力は448。
魔力30だった頃と比べると、成長は目覚ましい。
(今までの苦労が、嘘みたいだな)
あまりの順調さに、思わず苦笑する。
「今回も助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、俺もあんたに助けられた。感謝してる」
「えっ? 私が……ですか?」
心当たりがないのだろうか?
顔を少し傾げた。
「物が落ちる直前に引っ張ってくれただろ」
「あ、あれは……。あなたが戦ってくれたことに比べれば……」
「いや、あのままじゃ俺の脳みそが散らばってた。決して些細なことじゃない」
「……そう言ってくださり、ありがとうございます」
彼女は頬を掻きながら、照れくさそうにしている。
「そうだ。あんたが助けてくれた礼、何かしたいんだが」
「えっ?」
「頼みたいことがあったら、何でも言ってくれ」
「……えっと、今ですか?」
戸惑いの表情。
訳が分からなさそうだったので、理由を説明する。
「出口までの道順を教えてもらったら、そこで別れるだろ? だから今のうちに恩を返したい」
「………………」
かなり悩んでる様子だ。
よほど言いづらいのか。
「どんな願いでもいい。気兼ねなく言ってくれ」
「……あのっ、それなら――」
彼女はまっすぐこちらを見た。
「やっぱり、私に案内をさせてください」
……断ったはずの申し出。
なぜ、そこまでして?
「……どうして、そんな願いを?」
「………………」
彼女はゆっくり上を向いた。
「ここって、青空が見えないですよね」
「え、あぁ……たしかに?」
「木々が覆い尽くしていて……見えるのは、隙間から差す光だけ」
「…………」
しばし沈黙。
風が葉を揺らし、さらさらと音を立てる。
「この景色は、一年間変わらず同じでした」
その言葉に振り返ると、彼女は憂いを帯びた表情をしていた。
「そんな景色を見ていて、気づいたんです。私、孤独なんだなって」
……孤独。
その言葉で、過去の記憶が蘇る。
相棒《フォン》に出会うまでの、独りだった時間。
「最初は森のせいだと思ってました」
彼女は目を伏せる。
「でも、振り返ると……。今まで、まともに会話してくれた人なんて、いなかった」
「故郷でもか?」
「はい。たまに話しかけられても、罵声ばかりで」
……孤立。周りは敵に囲まれ四面楚歌。
重なる。かつての自分と。
「だから、あなたに会ったとき衝撃でした」
「?」
「私を助けてくれたこと。.....そして何より、下心なく話してくれたこと」
彼女は振り返る。
「全部が新鮮で……初めて、もっと一緒にいたいって思えた」
張り詰めたような真剣な眼差し。
「だから、お願いです。私に案内させてください」
彼女は深く頭を下げる。
「私に、“最後”の思い出をください」
ぽつりと落ちた涙が、地面を濡らす。
最後……。
つまり、この先に自分の未来はないと感じている。
――この女は逃亡中だと言っていた。
.....もうすぐ追手に殺されることを悟っている?
いや、あるいは......。
毒ポーションを使って、自らの手で.....
一年もここにいれば、精神が壊れてもおかしくない。
「俺が断った理由だが、人目を避ける以外にもワケがある」
彼女は拳をぎゅっと握りしめながら傾聴する。
「俺は、追われている身だ。あんたを巻き込むかもしれない」
「……構いません」
「自分の命が惜しくないのか」
「一番怖いのは、独りで死ぬことです。あなたの役に立てるなら……孤独ではありませんから」
「……分かった。ただし、条件がある」
「何でも受け入れます」
即答か。
「案内の間、俺があんたの護衛をさせてもらう。それが条件だ」
「えっ?」
彼女は顔を上げた。
「されるだけじゃ気が済まねぇ。せめて、案内中ぐらいは守らせてくれ」
しばし沈黙の後、彼女はふっと笑った。
「……すみません。お互いの要求が、相手のためってのが可笑しくて」
「俺も、こんなの初めてだ」
いつもなら、一度断ったお願いを引き受けたりはしない。
――きっと、彼女の過去と自分を重ねたからだろう。
命を絶とうとしていた、あの頃の自分と。
彼女の頼みは、最後のSOSに見えてしまった。
「よろしくお願いします」
彼女は、曇り一つない笑顔だった。
....だからこそ、今からの質問は少し心が痛む。
「ところで、話は変わるが……」
辺りを見回す。
念のため、場所を移すべきだ。
「落とし物について、聞きたいことがある。……ここじゃアレだから、別の場所でいいか?」
俺は近くの洞穴を指さす。
その瞬間、彼女の表情が凍る。
きっと気づいたのだ。
――あの洞穴にあった、毒ポーションのことに。
その反応で確信する。
あれは彼女のものだ、と。
俺は禁忌へと踏み込んでいく――
「そう…ですか」
「こっちの事情で、なるべく人を避けて通りたいんだ」
俺の返答に、彼女は肩を落とした。
「でも、お礼が迷惑ってわけじゃない」
「い、いいんです。気を遣っていただかなくても」
「………」
沈黙が続く。気まずい空気。
このまま別れるのも後味が悪い。
それなら――
「なあ、良かったら出口までの道順を教えてくれないか?」
「…! は、はいっ!ぜひ!」
彼女はすぐに服の中から地図を取り出した。
「この森には出口が複数あって――…っ!?」
説明の途中、彼女の顔が強ばる。
....俺の腕を掴み、強く引っ張った。
その勢いで前につんのめる。
そして、目の前には――服越しにも分かる、大きな膨らみ。
「うっぷ――」
顔が、柔らかな肉の海に沈む。
ズドン!!
直後、背後で大きな音が響いた。
何が起きた?
今のは…何かが落ちた音か?
「あっ、あれは……ゴブリン」
恐怖からか、彼女の腕に力がこもる。
(息が……できない。苦しい)
とっさに肩を叩いた。
「あっ!?す、すみません! つい力が入ってしまって……」
「ぷはっ……。いや、謝る必要はねぇよ。あんたが引っ張ってくれなきゃ、今ごろ俺の頭はかち割れてたからな」
彼女の視線につられて、上を見る。
「キキィィッキキィ!!」
大樹の上、二匹のゴブリンが嘲笑っていた。
なるほど、落ちてきたのは大きな木の実か。
木のてっぺん――物を落とすには最適の場所だ。
しかも、不意打ちにもなる。
……なかなか賢いやり方だ。
「あのっ! 急いで逃げましょう!」
「……悪いけど、試したいことがあるんだ。だから俺は戦う」
試したいこと。それは、新しく手に入れた能力。
「前借りと前貸し」
《前借りする対象を目視してください》
手前のゴブリンを見た。
《前貸しする対象を目視してください》
奥のゴブリンを見る。
《スキルを発動します》
その瞬間、奇妙な感覚が体を走る。
前借りで流れ込む魔力――
だが同時に、前貸しでその魔力が抜けていく。
まるで、水を飲みながらうがいをしてるような感覚だ。
手前のゴブリンは動きが鈍り、逆に前貸しした方は活発になる。
「........」
二匹の様子を見て、スキルを停止する。
……この能力、かなりクセが強い。
通常なら、前借りすれば右目に負債のプロンプトが表示される。
だが今回は何も出なかった。
たぶん、借りた魔力が即座に流れ出たからだ。
つまり――負債にはなっていない。
よって、魔力元本の支払い義務もなし。
じゃあ、逆に債権者として認定されたかというと、それも違う。
貸した相手にも、負債プロンプトは表示されなかった。
……今回は、どちらにもカウントされていない。
ただ、魔力を通しただけ。
まるで花粉を運ぶ虫のように。
「魔力の媒介者、ってところか」
《リース&バンス》は魔力を媒介するスキル。
実戦でどう使えるかは、まだ見えない。
だが、効果が判明しただけでも十分な収穫だ。
「さて……。スキルの実験も終わったし、こいつらを片付けるか」
▽
「す、すごい……あのゴブリンをあっという間に……」
「回収」
……ゴブリン2体から、魔力を200奪う。
これで保有魔力は448。
魔力30だった頃と比べると、成長は目覚ましい。
(今までの苦労が、嘘みたいだな)
あまりの順調さに、思わず苦笑する。
「今回も助けていただいて、ありがとうございます」
「いや、俺もあんたに助けられた。感謝してる」
「えっ? 私が……ですか?」
心当たりがないのだろうか?
顔を少し傾げた。
「物が落ちる直前に引っ張ってくれただろ」
「あ、あれは……。あなたが戦ってくれたことに比べれば……」
「いや、あのままじゃ俺の脳みそが散らばってた。決して些細なことじゃない」
「……そう言ってくださり、ありがとうございます」
彼女は頬を掻きながら、照れくさそうにしている。
「そうだ。あんたが助けてくれた礼、何かしたいんだが」
「えっ?」
「頼みたいことがあったら、何でも言ってくれ」
「……えっと、今ですか?」
戸惑いの表情。
訳が分からなさそうだったので、理由を説明する。
「出口までの道順を教えてもらったら、そこで別れるだろ? だから今のうちに恩を返したい」
「………………」
かなり悩んでる様子だ。
よほど言いづらいのか。
「どんな願いでもいい。気兼ねなく言ってくれ」
「……あのっ、それなら――」
彼女はまっすぐこちらを見た。
「やっぱり、私に案内をさせてください」
……断ったはずの申し出。
なぜ、そこまでして?
「……どうして、そんな願いを?」
「………………」
彼女はゆっくり上を向いた。
「ここって、青空が見えないですよね」
「え、あぁ……たしかに?」
「木々が覆い尽くしていて……見えるのは、隙間から差す光だけ」
「…………」
しばし沈黙。
風が葉を揺らし、さらさらと音を立てる。
「この景色は、一年間変わらず同じでした」
その言葉に振り返ると、彼女は憂いを帯びた表情をしていた。
「そんな景色を見ていて、気づいたんです。私、孤独なんだなって」
……孤独。
その言葉で、過去の記憶が蘇る。
相棒《フォン》に出会うまでの、独りだった時間。
「最初は森のせいだと思ってました」
彼女は目を伏せる。
「でも、振り返ると……。今まで、まともに会話してくれた人なんて、いなかった」
「故郷でもか?」
「はい。たまに話しかけられても、罵声ばかりで」
……孤立。周りは敵に囲まれ四面楚歌。
重なる。かつての自分と。
「だから、あなたに会ったとき衝撃でした」
「?」
「私を助けてくれたこと。.....そして何より、下心なく話してくれたこと」
彼女は振り返る。
「全部が新鮮で……初めて、もっと一緒にいたいって思えた」
張り詰めたような真剣な眼差し。
「だから、お願いです。私に案内させてください」
彼女は深く頭を下げる。
「私に、“最後”の思い出をください」
ぽつりと落ちた涙が、地面を濡らす。
最後……。
つまり、この先に自分の未来はないと感じている。
――この女は逃亡中だと言っていた。
.....もうすぐ追手に殺されることを悟っている?
いや、あるいは......。
毒ポーションを使って、自らの手で.....
一年もここにいれば、精神が壊れてもおかしくない。
「俺が断った理由だが、人目を避ける以外にもワケがある」
彼女は拳をぎゅっと握りしめながら傾聴する。
「俺は、追われている身だ。あんたを巻き込むかもしれない」
「……構いません」
「自分の命が惜しくないのか」
「一番怖いのは、独りで死ぬことです。あなたの役に立てるなら……孤独ではありませんから」
「……分かった。ただし、条件がある」
「何でも受け入れます」
即答か。
「案内の間、俺があんたの護衛をさせてもらう。それが条件だ」
「えっ?」
彼女は顔を上げた。
「されるだけじゃ気が済まねぇ。せめて、案内中ぐらいは守らせてくれ」
しばし沈黙の後、彼女はふっと笑った。
「……すみません。お互いの要求が、相手のためってのが可笑しくて」
「俺も、こんなの初めてだ」
いつもなら、一度断ったお願いを引き受けたりはしない。
――きっと、彼女の過去と自分を重ねたからだろう。
命を絶とうとしていた、あの頃の自分と。
彼女の頼みは、最後のSOSに見えてしまった。
「よろしくお願いします」
彼女は、曇り一つない笑顔だった。
....だからこそ、今からの質問は少し心が痛む。
「ところで、話は変わるが……」
辺りを見回す。
念のため、場所を移すべきだ。
「落とし物について、聞きたいことがある。……ここじゃアレだから、別の場所でいいか?」
俺は近くの洞穴を指さす。
その瞬間、彼女の表情が凍る。
きっと気づいたのだ。
――あの洞穴にあった、毒ポーションのことに。
その反応で確信する。
あれは彼女のものだ、と。
俺は禁忌へと踏み込んでいく――
