バレンタインから数日後。
掃除の時間、美術室の空気は相変わらず静かだった。
でも、何かが少しずつ変わっている。そんな実感が、真の中にあった。
愛花の声が、少しだけ自然に聞こえるようになった。
目が合う回数が増えた。
そして、掃除が終わったあとの時間――
2人でベランダに出るのも、いつの間にか“いつも”になっていた。
その日も同じように、掃除を終えたあと、並んで風に当たっていたとき。
「……はい、これ」
愛花が突然、ポケットから何かを取り出して差し出してきた。
「え?」
手のひらに乗ったのは、青と白の糸で編まれたミサンガだった。
「願いごとを込めて結ぶと、叶ったとき自然に切れるんだって。……ま、迷信だけど」
「これ、作ってくれたんですか?」
「うん。夜、ちょっと時間あって。……“真”って、青が似合いそうだったから」
愛花はそっけない口調で言いながら、視線を空に向けた。
真はミサンガを両手に取って、しばらく黙って眺めた。
手作りとは思えないほど丁寧に編まれていて、ほどよく柔らかい。
気づけば、胸がじんわり熱くなっていた。
「じゃあ……“また、先輩と話せますように”って願いにします」
「は? ばっかじゃないの」
愛花は呆れたように笑った。でもその笑顔は、やわらかくて、どこか嬉しそうだった。
「真ってさ、ほんと……変なとこ、まっすぐなんだよね」
「それしかないんです。僕」
「……なら、そのままでいなよ。いいと思うよ」
その言葉のあと、愛花はそっとミサンガを真の左手首に巻きつけ、
慎重にきゅっと結んだ。
そのとき、真の胸の奥に静かに宿ったのは、
“好き”という言葉では言い切れない、でも確かにそこにある何かだった。
それはたぶん――“想い”だった。
