掃除当番の恋 過去編

2月14日。
朝から校内がざわめいていた。
女子たちはカバンに紙袋を忍ばせ、廊下や教室でひそひそと話をしている。
手作りチョコの匂いと、浮き足立った空気が入り混じる日。

真はそんな雰囲気から少し距離をとるように、自分の席に静かに座っていた。

(……別に、期待してるわけじゃない)

何かを待つ気持ちなんて、とっくに隅に追いやったはずなのに、
ふと目が窓の外へと泳ぐたび、胸の奥がざわついた。

昼休みになっても、何も起きない。
誰かがやってくることも、机の上に何かが置かれているわけでもなかった。

「まぁ、そんなもんだよな」

独りごちて、購買で買ったパンをかじる。
特別じゃない、いつも通りの昼休み。

そして、放課後。

掃除当番の時間になり、美術室へ向かう廊下を歩いていると、隣に並んだ愛花がふいに口を開いた。

「で? 今日はチョコ、もらえたの?」

笑いを含んだ声。真は苦笑して答える。

「いや、全然。あるわけないでしょ」

「そっか。あららー」

愛花はくすっと笑って前を向いた。その笑顔が、なぜか救いのように感じられた。
そのあと、いつも通りの掃除が始まり、変わらない空気が流れていった。

でも、翌日――

放課後、教室で荷物をまとめていると、突然ドアが開いた。

「……真」

振り向くと、廊下に立っていたのは愛花だった。

一瞬、教室がざわつく。誰かが小声で「え、あの愛花先輩じゃね?」と囁いたのが聞こえた。

愛花はそれを気にする素振りも見せず、真の前まで歩いてきた。
そして、手にしていた小さな包みを、無言で差し出す。

ラップでくるまれた、形の不揃いなチョコレート。
リボンも、包装も、何もない。
ただ、透明なビニールの中に、真っ直ぐな何かが詰まっているように見えた。

「……え、これ……?」

「手作り。失敗作じゃないけど……ま、期待すんな」

それだけ言って、踵を返す。
走るでもなく、ゆっくりと歩いて廊下の向こうへと消えていく後ろ姿。

真は手にしたチョコをじっと見つめた。
指先から伝わるぬくもり。
ラップの中には、甘さ以上に確かな“気持ち”が詰まっていた。