掃除当番の恋 過去編

掃除当番にも慣れてきて、いつもの空気が流れていた。
陽や一年生たちに軽くいじられても、不思議と嫌な気はしなかった。

そして、ある日の放課後。
その日は偶然が重なった。

陽は部活の準備で早退し、悠と綾は生徒会で呼び出された。
美術室には――真と愛花、2人だけ。

「……なんか、サボる?」

乾いた雑巾を机に置きながら、愛花がぽつりとつぶやいた。

「え?」

「ちょっとくらい、いいでしょ。今日くらい」

真は迷いながらも「はい」と答え、後をついていく。
そして2人は、ベランダへと出た。

風がひやりと頬をかすめた。
愛花は段差に腰を下ろし、空を見上げる。

真は、迷いながらも隣に座った。
少しだけ距離を空けて。でも、確かに“並んで”。

「春って、もうすぐそこなんですけどね」

「なのにさ、この時間って、なんか寂しくなるんだよね」

沈黙。でも居心地は悪くなかった。
愛花の隣にいるだけで、少しずつ、心の輪郭がやわらかくなっていく気がした。

「……わかる気がします」

「それ、便利な言葉だよね。“わかる気がする”って言えば、何となく通じるって思ってるでしょ?」

「え、いや……」

「冗談。……でも、わかるんだ?」

愛花がいたずらっぽく笑った横顔に、真は何も言えなかった。
ただ、心の中で何かが揺れた。

そしてその数日後――
下校時、偶然門の前で愛花と出くわした。

「今日は、風、あんまり冷たくないですね」

「うん……でも、ちょっとだけ寂しい感じ」

そう話す愛花の笑顔が、どこかやわらかく見えた。

300メートルの帰り道。
短い距離が、いつもより長く、でも一瞬のように感じられた。

「……じゃあ、ここまで」

「はい。今日は、ありがとうございました」

「またね」

たった一言。それだけなのに――
春より少し早く、真の心に何かが静かに咲いた。