その手で、愛でられたい



〇愛美のアパート・愛美の寝室(夜)
匠「じゃあ……、二人で寝るか?」
匠、意地悪な笑みを見せる。
愛美、困惑した顔。
愛美「私は床で……」
愛美、ハッと気がつく。
愛美「待ってください! 私のベッドだから、先輩が床で寝るべきじゃ?」
匠、無言でドアを閉めようとする。
愛美、慌ててドアを押さえる。
愛美「すみません、床で寝ます!」
愛美「だから部屋に入れてください!」
匠、突然力を抜く。
愛美「わぁ!」
愛美、勢い余って床に倒れる。
愛美N「最高級のエアコンが買えれば」
匠、ベッドに腰掛け脚を組みながら愛美を見下ろす。
愛美N「極度の虫嫌いじゃなければ」
愛美、上体を起こして匠を見上げる。
愛美N「こんなことにはならなかった……」
愛美、目を潤めて唇を噛みしめる。
匠、会心の笑みを見せる。

〇明侑大学・キャンパス敷地内
匠、上機嫌で歩く。
賢二、匠を見て首を傾げる。
賢二「何か良いことあった?」
匠、そっけなく言う。
匠「別に……」
匠M「好きな女と同じ部屋で寝ることになったなんて言えるか」
(回想)
〇愛美のアパート・愛美の寝室(朝)
T「本朝」
匠、床で眠る愛美に腕枕をしながら見つめる。
匠M「寝顔……、結構可愛いじゃん」
匠、愛美の頬を親指で撫でる。
愛美、パッと目を覚ます。
愛美「えっ?」
愛美M「何で?」
愛美、驚き過ぎて言葉が出てこない。
匠、ニヤッとする。
匠「お前一人を床で寝かせるのは悪いからな……」
愛美、困惑した顔。
匠、起き上がって腰を摩る。
匠「誰かさんのせいで腰が痛い……」
匠、愛美を見つめる。
匠「今夜から一緒にベッドで寝ろよ?」
(回想終了)
〇明侑大学・キャンパス敷地内
匠、ニヤニヤする。
匠M「大学生の男女が同じベッドで寝る……」
匠、ガッツポーズする。
匠M「何もないわけがない!」
匠M「これでアイツは俺にぞっこんだろ」
誠也と賢二、何やら興奮する匠を見て各々考える。
誠也M「どうした……? 何がそんなにお前を駆り立てる?」
誠也、興味深そうに見つめる。
賢二M「遂に弁当の子と寝たのか?」
賢二、微笑みながら前方に視線をずらす。
賢二「あっ!」
匠と誠也、賢二の声に反応して賢二の見つめる方を見る。
彩、愛美と笑いながら歩いている。
賢二、数m先の彩を見て惚れ惚れする。
賢二「彩ちゃん……、と、その友達」
匠、ムッとしたように補足する。
匠「白石愛美だよ!」
誠也、驚いたように匠を見る。
誠也「匠が女子の名前を覚えるなんて……」
誠也、愛美をライバル視するように見る。
誠也「彼女は一体、何者なんだ?」
賢二、彩しか目に入ってない様子。
賢二「彩ちゃん今日も可愛いなぁ。早く結婚して、子供欲しい」
誠也「はぁ? 俺たちまだ学生だぞ?」
誠也、怪訝な顔をする。
匠、呆れ顔。
匠「まぁ、結婚したとしても子供は無理だろ……」
賢二、不安を感じる顔で言う。
賢二「バカか! 働き始めたら出会いがたくさんあるんだぞ?」
賢二、急にキリッと男らしい顔になる。
賢二「悪い虫がつく前に、俺は絶対彩ちゃんを手に入れる!」
賢二、急にデレデレしながら言う。
賢二「と言うことで、行くわ!」
賢二、匠と誠也を置いて彩の元にスキップしていく。
匠、嬉しそうな賢二の背中を見つめる。
匠「ベタ惚れだな」
誠也、ため息をつく。
誠也「あれが医学部のNo.2かと思うと、俺は恥ずかしいよ……」
匠、誠也を見る。
匠「俺ら全員、大して変わんねぇから」
誠也「いや! この数点の差は大きいんだ!」
誠也、試験の点数の重要性を説明し始める。
匠、あくびをする。
匠、愛美に話しかける壮太に気がつく。
匠M「アイツ、この前の……」
愛美、匠の存在に気がつかず壮太と笑いながら話す。
匠M「やけに楽しそうじゃねぇか」
匠、苛々する。
壮太、愛美の頭を撫でる。
愛美、耳に髪をかけてはにかむ。
匠、愛美の顔を見て怒りが込み上げる。
匠M「何なんだ、クソ……!」
誠也「つまり、俺らが女に現を抜かすと……」
誠也、匠が居なくなっていることに気がつく。
誠也M「……は?」
誠也、愛美の方を向くと匠の後ろ姿が目に入る。
誠也「お前もか……」
誠也、頭を抱える。
匠、愛美と壮太に近づく。
愛美、匠に気がついて驚いた顔をする。
愛美M「何か、機嫌悪そう……」
愛美、焦ったように匠に声をかける。
愛美「あっ、あの……」
壮太、愛美の前に出る。
壮太、ニコッと笑って匠に話しかける。
壮太「初めまして。高梨壮太です」
匠、壮太を睨む。
匠M「初めまして? コイツ、何考えてんだ?」
壮太「俺、薬学部の6年なんだ。黒川君と同い年だからタメ口でいい?」
壮太、手を差し出す。
壮太「これからよろしく」
匠、差し出された壮太の手を見る。
匠M「何で俺がお前と握手なんか」
匠、不満そうな顔をする。
匠M「コイツとは絶対仲良くしてやんねぇ!」
壮太、匠に余裕の笑みを見せる。
匠、壮太を威嚇するように見る。
T「薬学部No.1 VS 医学部No.1」
壮太、匠を見てクスッと笑う。
壮太M「横暴な坊ちゃんだな」
匠、壮太を睨む。
匠「何笑ってんだよ?」
壮太、笑顔で答える。
壮太「黒川君は正直だなと思って」
匠、イラッとする。
匠M「コイツ俺をおちょくってんのか?」
愛美、不安そうに匠と壮太を見る。
愛美M「そういえば二人は同い年なんだ……」
愛美M「全くそうは思えないのは……」
愛美、壮太が大らかな大型犬に見える。
愛美、匠が臆病で吠え続ける小型犬に見える。
愛美、顎に手を当てて首を傾げる。
愛美M「精神年齢の差かな?」
壮太、振り向いて愛美に言う。
壮太「じゃあ愛美、土曜日ね」
愛美、笑顔で答える。
愛美「うん!」
匠、愛美と壮太を交互に見る。
匠M「土曜日が何だ?」
壮太、愛美に手を振って立ち去る。
愛美、壮太に手を振り返す。
匠、不貞腐れたような顔で愛美に近づく。
匠「土曜日、何かあんのかよ?」
愛美、言葉を濁す。
愛美「え? うーん、まぁ……」
愛美M「言うべき? 言う必要ないっていうか」
愛美M「言ったら催促するみたいでヤダな……」
匠、白状しない愛美にイラつく。
匠、愛美の頬をつねる。
匠「おい、言わねぇとハウスに寝かせるぞ?」
愛美、血の気が引く。
愛美M「ハウス=ソファ」
愛美M「ソファで寝る=Gと遭遇可能性大!」
愛美、嫌悪感いっぱいの顔で匠を睨む。
匠、優位に立っているような余裕の表情。

〇愛美のアパート・愛美の寝室(夜)
愛美、寝室を半分に分けるようにフローリングにテープを貼る。
匠、不機嫌そうな顔で愛美を見つめる。
匠「何やってんだよ?」
愛美「これは境界線です!」
愛美「線からこっちには入って来ないでください!」
愛美「私もそっちには入らないので!」
匠「勝手にやってろ」
匠、呆れたようにため息をついてベッドに入る。
愛美、布団を敷いて横になる。
(回想)
〇明侑大学・キャンパス敷地内
愛美、俯いたまま匠に言う。
愛美「土曜日、実家で飼ってる愛犬の誕生日なんです」
愛美「壮ちゃん家が近くだから送迎してもらうんです」
匠、無表情で愛美を見つめる。
(回想終了)
〇愛美のアパート・愛美の寝室(夜)
愛美M「嘘は言ってない」
愛美、罪悪感を抱くような顔。
愛美、布団を頭まで被る。
愛美M「ただ、それが全てじゃないってだけ……」
愛美、匠が寝返りする音が気になる。
愛美M「先輩も寝つけないんだ」
愛美、横向きのまま丸くなる。
愛美M「好きだってバレてるよね?」
愛美M「でも同居解消されないのは容認してくれてる?」
愛美、ハッとして両手で顔を覆う。
愛美M「もしかして先輩も私のことが好き?」
愛美M「だから間接キスしたり、添い寝したりするの?」
愛美、眉間にシワを寄せる。
愛美M「でも好きとか言われたことない。私が言わないから?」
愛美M「私の気持ちを知ってても告白しないってことは……」
愛美、悲しい顔をする。
愛美M「本気じゃないんだ……」
愛美M「都合のいい女としてキープしたいだけなんだろうな」
愛美、涙ぐむ。
愛美M「どうしよう、どんどんネガティブになっていく……」
愛美、背後に匠が居る気配を感じる。
愛美、ハッとする。