その手で、愛でられたい



〇明侑大学附属病院・中庭近くの通路
愛美、目を潤めて匠を見つめる。
匠、愛美に手を伸ばす。
匠M「お前の目的は俺に会うためだろ?」
匠、愛美の髪を耳にかける。
愛美、緊張したように身をすくめる。
匠M「そんなに俺のことが好き……?」
匠、愛美が耳まで真っ赤にしていることに気がつく。
匠、わざと耳に吐息をかけながら話す。
匠「俺に見惚れてんの、バレバレだから」
匠、意地悪な笑みを見せる。
愛美、泣きそうな顔で耳に手を当てる。
愛美M「もう誤魔化せない」
愛美、匠に上目遣いする。

〇ショッピングモール・家電量販店
T「7月上旬」
愛美、ズラッと並ぶエアコンを見つめる。
愛美N「我が家にまたもトラブルが起きました」
愛美、金額を見て脚が震える。
愛美M「どれも高い……。借金返済もあるのに……」
愛美、隣に居る匠を見つめる。
匠、一通り見渡した後で最高値のエアコンを指さす。
匠「あれが欲しい」
愛美、誤魔化して最安値のエアコンを指さす。
愛美「あれって……、これのこと?」
匠、無言でとぼける愛美をジッと見つめる。
愛美M「視線が痛い……」
匠、愛美の顔を両手で挟んで最高値のエアコンに向ける。
匠「お前の目は節穴か!」
愛美、今にも泣きそうな顔で匠を見上げる。
愛美「他のにしません?」
匠、腕を組んで顔を逸らす。
匠「じゃあいらない」
愛美、非常に困った顔をする。
愛美N「夏真っただ中、先輩の部屋のエアコンが壊れました」

〇同・ジュエリーショップ前の通路
愛美、颯爽と前を歩く匠の背中を見つめる。
愛美M「何でいつも高いものを欲しがるの?」
愛美N「彼は高価なものが好きだ」
(回想)
〇近所のスーパー・精肉コーナー
愛美、真剣な顔で鶏むね肉と鶏もも肉を見つめる。
愛美M「むね肉か、もも肉か……」
愛美、価格と美味しさを天秤にかける。
匠、平然とカゴに何かを放り込む。
愛美「え?」
愛美、カゴの中の霜降り牛を見てギョッとする。
愛美M「嘘でしょ?」
愛美、脳内でチャリーンとお金の音が聞こえる。

〇アウトレット・某有名ブランド店
愛美、身を縮こまらせて恐る恐る歩く。
匠、堂々と店の奥に歩いていく。
匠、ショーケース内の時計を見つめる。
愛美、匠の見つめる時計の価格に釘付けになる。
愛美M「一、十、百、千、万、十万、百万……⁉」
愛美、両手で口を塞ぐ。
愛美、脳内で再びチャリーンとお金の音が聞こえる。
(回想終了)
〇ショッピングモール・ジュエリーショップ前の通路
愛美、自分のペースで突き進む匠の背中を見つめる。
愛美M「絶対、借金返す気ないよね?」
愛美、俯く。
愛美M「もし返済しなかったら……」
愛美、借金取りが自宅に来ることを想像して震えあがる。
愛美M「もっと節約しないと!」
愛美、横にあるジュエリーショップのネックレスを見つめる。
愛美M「綺麗……」
愛美、悲しそうな顔をする。
愛美M「私には勿体ない……」
美人店員「何か気になるものはございますか?」
美人店員、笑顔で愛美に問う。
愛美、苦笑いして手を振る。
愛美「いえ、大丈夫です。ありがとうございます……」
愛美、逃げるように店から離れる。
匠、そんな愛美の様子をジッと見つめる。

〇同・フードコート
愛美「やっぱ週末は凄いですね……」
愛美、溢れかえる人々に圧倒される。
匠、嫌そうな顔をする。
愛美、匠の表情を見て提案する。
愛美「違う所に行きましょうか?」
匠「お前が食いたいものでいい」
愛美、匠を見つめる。
愛美M「私に合わせようとしてくれてる?」
愛美、微笑む。
愛美M「意外と優しい……」
愛美「ありがとうございます。でも特に食べたい物ないので」
愛美「先輩の食べたいもの食べましょ?」

〇同・高級寿司
愛美、目の前の板前さんと目が合う。
愛美、苦笑いする。
愛美M「お財布には全然優しくない……」
匠、値段を気にせずどんどん頼む。
匠「お前は?」
愛美、困惑する。
愛美M「エアコン買えないのにお寿司食べてる場合じゃ……」
愛美「甘い玉子焼きが食べたいです……」
愛美、脳内でチャリーンとお金の音が聞こえる。
T「1時間後」
愛美、頬杖をついて匠を待つ。
愛美M「どこまでトイレ行っちゃったんだろ?」
愛美、あたりをキョロキョロする。
愛美M「もしかして、大便……」
匠、愛美の真後ろに立って声をかける。
匠「帰るぞ」
愛美、ビクッとする。
愛美M「いつの間に……?」
匠、スタスタ歩く。
愛美、立ち上がって匠の後を追いかける。
匠、会計レジをスル―して歩いていく。
店員「ありがとうございました」
店員、深々と匠に頭を下げる。
愛美、慌ててバッグからお財布を取り出そうとする。
店員「お客様、お会計はもうお済です」
愛美「え?」
愛美、店員を見つめる。

〇同・エレベーター前
匠、立ちぼうけする。
愛美、匠の元に駆け寄る。
愛美「先輩、お寿司代……」
匠、愛美に背中を向けたまま言う。
匠「いつも弁当作ってもらってるから」
愛美「それとこれとは話が別ですよ……」
愛美、バッグの中を覗いてお財布を探す。
エレベーターのドアが開いて中から多くの人が降りる。
匠、愛美の肩を抱き寄せる。
匠「邪魔」
愛美、匠の爽やかな香水の匂いを感じてキュンとする。
愛美、一瞬で顔を赤らめて固まる。
愛美M「先輩の香り……」
匠、愛美の肩から手を放してエレベーターに乗り込む。
匠、エレベーター内から愛美を見る。
匠「早く乗れよ」
愛美、ハッとして慌てて乗り込む。
愛美、両手で頬の赤みを隠す。
二人っきりのエレベーター。
愛美、目が泳ぐ。
愛美M「一人でドキドキしてバカみたい……」

〇同・カフェ
匠、列に並ぶ。
愛美、首を傾げる。
愛美M「あんなにお寿司食べたのに……」
愛美、匠と共に列に並んであたりを見渡す。
愛美M「カップルと家族連ればっか……」
愛美、恋しそうに匠を見上げる。
匠、愛美を見て少し屈む。
匠「何?」
愛美、顔を横に振る。
愛美「何でもないです」
匠、クスッと笑う。
匠「変な奴」
愛美M「先輩……」
愛美、ガラスに映る匠の背中を切ない顔で見つめる。
愛美M「……好きです」
T「数分後」
匠、注文口でコーヒーとプリンパフェを注文する。
愛美M「プリンパフェ美味しそう……」
愛美、メニュー表の写真を見つめる。
店員、匠のコーヒーを淹れ始める。
愛美、店員が動きを真剣に見つめる。
匠、そんな愛美をジッと見つめて微笑む。
T「数分後」
匠、脚を組みながらガラスの外の景色を眺める。
匠、コーヒーの香りを楽しんで味わうように飲む。
愛美、幸せそうな匠を見てクスッと笑う。
匠「何?」
匠、ちょっと機嫌悪そうに言う。
愛美「幸せそうに見えたので……」
店員「お待たせしました」
店員、プリンパフェを運んでくる。
愛美、目をキラキラさせて笑顔になる。
愛美「すごーい! ありがとうございます」
愛美、笑顔で店員に礼を言う。
匠、愛美を見つめる。
愛美、匠と目が合う。
愛美「パフェ届きましたよ?」
匠「やっぱいらない」
愛美「え?」
愛美、優雅にコーヒーを飲む匠を見つめる。
愛美M「出たよ、坊ちゃん発言」
愛美M「ワガママというか、気分屋というか……」
匠「やるよ」
愛美、目がイキイキする。
愛美「本当にいいんですか?」
匠「捨てるのは店員に悪いだろ?」
愛美、念を押すように言う。
愛美「あとで返せとか言わないで下さいね?」
匠、頬杖をついて呆れたように言う。
匠「言わねぇから早く食えよ」
愛美、嬉しそうに大口でプリンを食べる。
愛美、最高の笑顔を見せる。
愛美「先輩! これ、めちゃめちゃ美味しいです!」
匠、微笑む。
匠「へぇ……」
匠、愛美を見つめる。
匠「じゃあ俺にも一口くれよ?」
愛美、少し口を開けて待つ匠を見つめる。
愛美、緊張した顔でプリンをすくう。
愛美、匠の口にスプーンを運ぶ。
愛美M「これは……」
愛美、匠に食べさせるとともに自然と自分の口も開く。
匠、スプーンを咥えて愛美を見つめる。
愛美M「恋人同士がやることじゃない?」
愛美、匠に見つめられて悶絶する。

〇愛美のアパート・リビング(夜)
匠、タオルケットを持ってソファに横になる。
愛美、心配そうな顔で匠を見る。
愛美「ソファにじゃ寝心地悪いですよね?」
匠「別に……」
愛美、呆れ顔で見つめる。
T「ソファの長さ160cm、匠の身長186cm」
愛美M「全然収まってないから!」
愛美「私がこっちで寝るので、先輩はベッド使ってください」
T「愛美の身長153cm」
匠、サッと起き上がる。
匠「そこまで言うならしょうがない。ここを譲ってやろう」
愛美「別にこっちで寝たいわけじゃ……」
愛美、不満げにソファに横になる。
匠、愛美の寝室に入る時に意地悪く言う。
匠「ゴキブリが出てこないことを祈るよ」
愛美、勢いよく起き上がって匠の元に駆け寄る。
愛美「私、そっちで寝たいです!」
匠、ニヤッとしてソファを指さす。
匠「ダメだ。お前はそっち」
匠、手で追い払うようなそぶりをする。
匠「ほら、早くハウスに戻れ!」
愛美、泣きそうな顔で懇願する。
愛美「この際、犬扱いされてもいいです。でも虫だけは……」
匠、愛美を見ながら顎に手を当てて考える。
匠「じゃあ……」
匠、ニコッと笑う。