その手で、愛でられたい



〇愛美のアパート・キッチン(夜)
愛美、真顔で沸騰する鍋を見つめる。
愛美N「この同居の最重要条件」
愛美、切なそうな顔をする。
愛美N「同居人を好きになってはいけない」
愛美、ソファで寝転がる匠を見つめる。
愛美、恋しそうな顔で唇に触れる。
愛美M「まだ大丈夫……」
ピピピピッ、ピピピピッ
愛美、キッチンタイマーに驚く。
愛美M「これ以上、好きになったりしない」
愛美、パスタの湯切りをしてソースをあえる。
愛美M「借金まみれの性悪男なんか、好きになっちゃダメだ」

〇同・リビング(夜)
匠、起き上がって調理する愛美を見つめる。
(回想)
〇愛美のアパート・リビング(夜)
T「半年前」
匠「面倒だから、俺のこと好きになんなよ?」
匠M「って言ってみたかった」
愛美、匠から顔を逸らす。
愛美「そんなことあり得ません!」
匠M「……なんかイジメてやりたい」
匠「俺、モテちゃうからさ」                           
愛美「私は他の女子と違うんで……」
匠、顔を逸らしたままの愛美を見つめる。
匠M「頑なに拒否されると落としたくなる」
匠「愛美」
愛美、ゆっくり匠の方に顔を向ける。
匠、愛美にキスをする。
愛美、目を見開く。
匠、キスの後も真剣な顔で愛美を見つめる。
匠M「絶対惚れさせる」
(回想終了)
〇愛美のアパート・リビング(夜)
匠、険しい顔で顎に手を当てて考える。
匠M「好きになったら同居解消なんて条件」
匠M「アイツが勝手に言い出したことで、俺は同意してない」
愛美、手際よく配膳の準備をする。
匠M「互いが同意してないんだから当然無効だろ?」
(回想)
〇愛美のアパート・リビング(夜)
T「半年前」
匠、キスの後も真剣な顔で愛美を見つめる。
愛美、俯いたまま言う。
愛美「……ないでください」
匠、首を傾げる。
匠「は?」
愛美、怒ったような悲しいような顔で言う。
愛美「付き合ってないんだから、キスなんてしないでください!」
匠、ハッとした後に満面の笑みを見せる。
匠「ファーストキスが俺で良かったな!」
愛美、しかめっ面になる。
愛美「同居人を好きになったら同居解消!」
愛美、立ち上がってキッチンに向かう。
匠、愛美の背中を見つめる。
(回想終了)
〇愛美のアパート・リビング(夜)
愛美、匠の前にバランスの良い食事を並べる。
匠N「俺にとって同居のメリットはわりと多い」
匠、愛美の手料理を見つめる。
匠N「コイツの料理は結構うまい」
愛美「足りますか?」
愛美、不安そうな顔で匠を見つめる。
匠、真顔で答える。
匠「……俺を太らせたいのか?」
愛美、ふくれっ面になる。
愛美「この前『足りない』って言ってたから……」
匠、愛美を見てクスクス笑う。
匠N「コイツはよく変顔をする」

〇同・脱衣所(夜)
匠、浴室から脱衣所に出る。
匠、ふわふわのタオルに顔を埋める。
匠N「いつもいい香りで柔らかいタオル」
匠、洗面台の鏡を見つめる。
匠N「散らかしても黙って綺麗にするし」
匠M「まぁ感謝の意味も込めて……」
匠、上半身裸で脱衣所を出る。
匠、リビングに居る愛美の元に向かう。
匠M「今日だけ特別に、俺の美ボディを見せてやろう」

〇同・リビング(夜)
愛美、問題集を持ったままソファで居眠りをする。
匠M「って、寝てんじゃねぇーか!」
匠、ムッとした顔で愛美を見つめる。
匠M「コイツが実習で大変な時、俺は何をしてやれた?」
匠、罪悪感を抱いた顔で愛美の髪に触れる。
匠M「俺と同居するメリットがコイツにはあるのか?」
匠、悲しい顔で愛美に顔を近づける。
匠M「俺はコイツに負担しかかけていない……」
匠、そっと口づけする。
匠M「今すぐ手放してやった方がいい。そんなの分かってんだよ」
匠、辛い顔で愛美を見つめる。
匠「ごめん……」

〇明侑大学付属病院・医学生の休憩室
匠、お弁当箱を見つめる。
(回想)
〇愛美のアパート・玄関
愛美、笑顔でお弁当を匠に手渡す。
愛美「ご飯多めにしたので、今日は足りると思います!」
匠、迷惑そうな顔。
匠「毎日作らなくていいって」
愛美、口を尖らせる。
愛美「毎日外食じゃお金かかるし、身体に悪いですよ?」
愛美「それに先輩、好き嫌いがハッキリしすぎて」
愛美「食べられるもの少ないじゃないですか……」
愛美、困った顔で匠を見つめる。
(回想終了)
匠、ため息をつく。
匠M「負担かけたくないのに……」
匠、頬杖をついて窓の外を見つめる。
匠M「アイツに気遣わせてばっかだな……」
高野賢二(24)、ニコニコしながら物思いにふける匠に近づく。
賢二「お疲れ~!」
T「高野賢二 24歳 医学部6年 匠の同期」
賢二、匠の隣に腰かけて複数のコンビニ弁当を広げる。
匠M「賢二に相談するべきか? でも同居のことは秘密だしな……」
匠、無言でお弁当箱の蓋を開ける。
賢二、匠のお弁当箱をニヤニヤしながら覗き込む。
匠、迷惑そうな顔をして問う。
匠「何だよ?」
賢二「いや、誰が作ってくれてるのかなぁと思って」
匠、恥ずかしそうにお弁当を手で隠す。
匠「誰だって良いだろ?」
賢二、ブスッとしながら食べる匠を見つめる。
賢二「……その子、相当お前に惚れてんだろうな」
匠、手を止めて賢二を見る。
匠「は?」
匠M「アイツが俺に惚れてる?」
賢二「そんな手間のかかった弁当、好きじゃなきゃ毎日作んねぇだろ?」
匠、俯く。
匠M「やっぱ作んの大変だよな……」
賢二、匠の背中を勢いよく叩く。
匠、苦痛表情を見せる。
匠「おい、ゴリラ! ちょっとは加減しろよ」
賢二、豪快に笑う。
賢二「お前がウジウジしてるから、喝入れてやったんだよ!」
匠、険しい顔で背中を撫でる。
賢二「大事にしないと誰かに奪われるぞ?」
賢二、不安を煽るように言う。
匠M「はぁ? 誰かって誰だよ?」
賢二「そんなの知らねぇよ。近くで支えてくれる奴とか?」
匠M「アイツのそばにそんな奴居るのか……?」
匠、不安な表情をする。
賢二、匠の気持ちを察するように言う。
賢二「ひたすら感謝! そしてオーバーに喜べ!」
賢二「そうしてれば女子は喜ぶぞ」

〇明侑大学・食堂
T「その頃、女子は……」
愛美、彩と共に食事をする。
彩、愛美のお弁当を見つめて呟く。
彩「毎日、無条件で愛美の手料理が食べられる人は幸せだね」
愛美、苦笑いする。
愛美「やだな、何言ってるの……?」
愛美、ミニトマトを箸で挟んで口に運ぼうとする。
彩、核心をついた質問をする。
彩「同居してるんでしょ? 黒川先輩と」
愛美、思わずミニトマトを落とす。
愛美「え?」
愛美M「何でバレた……?」
愛美、呆然とする。
彩、愛美の反応を見て苦笑いする。
彩「当たっちゃった? 前々から怪しいと思ってたんだよね」
ミニトマトがある人物の足元まで転がる。
愛美、黙ったまま彩の話を聞く。
彩「部屋に入れてくれなくなったし、夜出かけなくなった……」
ある人物がミニトマトを拾って愛美と彩の元に歩く。
彩、目を潤めて愛美を見つめる。
彩「本当はね、ちょっと寂しかったの……」
愛美、目を潤めながら彩を見つめる。
愛美「彩……」

〇愛美のアパート・玄関前(夜)
匠、ケーキの箱を持って立ち止まり、深呼吸する。
匠M「ひたすら感謝、オーバーに喜ぶ……」
匠、決心した顔でゆっくり玄関ドアを開ける。
匠M「弁当美味かったって言うんだ」

〇同・玄関(夜)
匠、拍子抜けする。
匠、真っ暗の玄関に愛美の靴がないことを確認する。
匠「帰ってないのか……」
匠、眉間にシワを寄せながらスマホを見る。
匠、愛美からのメッセージを確認する。
匠M「……もっと早く言えよ」
匠、肩を落とす。
匠のスマホ画面には『友達と夕飯食べて帰るので遅くなります』と書かれている。

〇同・リビング(夜)
匠、ソファで横たわって壁掛け時計をチラッと見る。
匠M「21時過ぎ……」
匠、ムッとした顔で起き上がって頭を掻く。

〇同・浴室(夜)
匠、シャワーを浴びる。
匠M「アイツだってたまには友達と外食したいよな……」
匠、微笑む。
匠M「俺は年上だし、心に余裕のある男だ」

〇同・リビング(夜)
匠、腰にタオルを巻いて上半身裸のままソファにふんぞり返る。
匠M「ただ友達と食事してるだけ……」
T「数分後」
匠、壁掛け時計の秒針の音がやけに気になる。
匠、不安そうな顔で唇を噛みしめる。
T「さらに数分後」
匠、頭を抱える。
匠M「おい、友達って誰だよ?」
匠、無性にタバコを吸いたくなって自分の寝室に移動する。

〇同・匠の寝室(夜)
匠、引き出しから電子タバコを取り出す。
(回想)
〇愛美のアパート・リビング(夜)
T「半年前」
愛美、困惑した顔で匠を見つめる。
愛美「私、タバコ嫌いなんです」
匠、口元まで運んだタバコを下す。
愛美、髪を耳にかけて残念そうな顔をする。
愛美「医者になる人がタバコ吸ってるって、どうなんでしょうね?」
匠、気まずそうな顔をする。
(回想終了)
〇愛美のアパート・匠の寝室(夜)
匠M「そうだ、俺は医者になるんだ」
匠、電子タバコを手にしたままキッチンに向かう。

〇同・キッチン(夜)
匠M「こんなの簡単にやめてやる……」
匠、覚悟したように不燃用ごみ箱に電子タバコを放り込む。
匠、玄関から解錠する音が聞こえてきてパッと笑顔になる。