〇明侑大学・看護学部実習室
匠、愛美に口づけする。
匠N「このチャンスを無駄にしちゃいけないんだ」
愛美、目を見開いて固まる。
匠、真剣な目で愛美を見つめる。
匠、愛美の頬に愛おしそうに触れる。
匠「好きだ」
愛美、目にいっぱいの涙を溜めて固まる。
愛美M「何で今更……」
匠、目が泳ぎ始める。
匠「たぶん……、俺はお前が好きなんだと思う」
愛美M「なんだ、その程度か……」
完全に揺れが止まる。
愛美、匠に作り笑いを見せる。
愛美「それ、勘違いですよ? 吊り橋効果です」
愛美、匠から離れて立ち上がり、背を向ける。
愛美「婚約者さんと、どうぞお幸せに」
愛美M「もう関わらない。関わっちゃいけない相手なんだ」
匠、愛美の背中を見つめる。
愛美M「不毛な恋で泣くのは、今日が最後だ」
愛美、声を殺して大粒の涙を流す。
愛美、匠と壮太を残して部屋を出る。
〇愛美のアパート・リビング(早朝)
T「翌朝」
愛美、匠の日用品を段ボールに詰めて厳重にガムテープを貼る。
愛美M「もっと早くこうするべきだった」
愛美、決心したように段ボール持って歩き始める。
愛美M「すべて思い出した以上、彼との関りは極力避け」
愛美M「壮ちゃんとの関係もハッキリさせるべきだ」
〇愛美のアパート・玄関(早朝)
愛美、靴を履いて玄関ドアを開ける。
愛美M「私はもっといい女になる! そして……」
愛美M「春からは新境地で恋も仕事も頑張る!」
〇愛美のアパート・玄関先(早朝)
愛美、数歩前進したころで何かに躓き豪快に転ぶ。
愛美「痛! もう一体、何?」
愛美M「こんなんじゃ先行き不安……」
愛美、何に躓いたのか確認するように振り向く。
愛美「え?」
匠、ぐったりした様子で座り込んでいる。
愛美、以前半グレに暴行された時と重なって見える。
愛美M「何でここに? 何時から居たの?」
匠、呼吸が浅く速いことに気がつく。
愛美M「おかしい……」
愛美、匠の首元に触れる。
愛美「熱ッ!」
愛美M「何でこんな状態でここに……」
(回想)
〇明侑大学・看護学部実習室
匠、ツンとした感じ。
匠「もし俺が風邪ひいたらどうすんだ? 責任取れんのか?」
愛美、呆れたような顔。
愛美「これぐらいで風邪ひくなんて、貧弱ですよ?」
匠、愛美を睨む。
愛美、匠を睨む。
愛美「……もし万が一、風邪ひいたら看病でも何でもします」
(回想終了)
〇愛美アパート・玄関先(早朝)
愛美M「私に責任を取らせるために来た?」
匠、意識朦朧状態で愛美の顔に手を伸ばす。
匠「愛美……」
愛美M「何で名前呼ぶの?」
愛美M「関わらないって決めたのに……」
愛美、唇を噛みしめる。
〇愛美のアパート・愛美の寝室(早朝)
愛美、ベッドで眠る匠を見つめる。
愛美M「本当に私のせい? 偶然だよね?」
愛美、口を尖らせる。
愛美M「お金持ちはみんなこんなに貧弱なの?」
愛美、困惑した顔。
愛美M「こんな弱いんじゃ医者として生きてなんか……」
愛美、首元のぬるくなった保冷剤を交換する。
愛美M「会社役員として生きていくんだよね」
愛美、フローリングに座り込んで眠る匠の横顔を見つめる。
愛美M「卒業したらもう会うこともない」
愛美M「今、こうして一緒に居られることは奇跡だ」
愛美、いつの間にか眠りにつく。
(夢の中)
愛美N「それは心地いい夢」
愛美、匠に後ろから優しく抱きしめられて幸せそうに微笑む。
愛美M「温かくて、大きくて、安心できる」
匠「愛美、愛してる」
愛美、耳元で聞こえる匠の声にドキドキする。
愛美M「あぁ、幸せ」
愛美M「このままずっと抱かれていたい……」
(夢終了)
〇愛美のアパート・愛美の寝室(夕方)
愛美、薄っすら目を開けると真っ先に血管隆々の腕が目に入る。
愛美、寝ぼけながら腕に触れ、両手で手のひらや指を触る。
愛美M「私が一番好きな手だ……」
愛美、涙を流す。
愛美M「幸せな夢も終わっちゃった……」
匠、愛美を背後からギュッと抱きしめる。
愛美、驚く。
匠、愛美の耳元で問う。
匠「お前、俺の手が好きだろ?」
愛美「え?」
匠「前にもずっと触ってただろ?」
愛美、怪訝な表情で匠を見つめる。
(回想)
〇愛美のアパート・愛美の寝室(夜)
T「数ヶ月前」
愛美、腕枕する匠の腕を両手で触る。
愛美、匠の手を触る。
愛美、急に涙ぐむ。
愛美M「私……、いつまで一緒居られる?」
愛美M「あと何回、この手に触れられる?」
愛美、匠の腕に涙がこぼれ落ちる。
愛美M「同居解消になったら、もう触れることも」
愛美、匠の手に顔を近づける。
愛美M「会うことさえできなくなる……」
愛美、匠の手のひらにキスする。
愛美M「好き。誰にも触れないで……」
(回想終了)
〇愛美のアパート・愛美の寝室(夕方)
愛美M「あの時のこと……、覚えてるの?」
愛美、急に恥ずかしくなる。
匠、得意げに愛美を見る。
愛美M「そんなはずない。誤魔化そう」
愛美「何のことをおっしゃってるのか、さっぱり分かりません」
愛美、作り笑い。
愛美「もう熱もないみたいですし、お帰りいただいて……」
愛美、起き上がろうとする。
匠、愛美をギュッと抱きしめる。
愛美「ちょっと……」
愛美、匠の腕を振りほどこうとする。
匠、愛美に負けないようギュッと強く抱く。
匠「同じ女に何度もフラれるのは、俺のプライドが許さない」
愛美「はい? 何言って……」
匠「『どうぞお幸せに』じゃねぇんだよ!」
愛美、動きが止まる。
匠「いつも勝手に逃げやがって……」
(回想)
〇愛美のアパート・リビング(夜)
愛美「生きてて良かったです」
愛美、匠に微笑む。
匠「俺が死んだって誰も困らない……」
愛美、怖い顔をする。
愛美「これから医者になる人が、何ふざけたこと言ってるんですか?」
匠「医者なんか向いてない……」
匠M「親の敷いたレールを辿ってきただけの俺なんか」
匠M「何の価値もないんだ……」
匠、涙ぐむ。
愛美、匠を抱きしめる。
愛美、匠の頭を優しく撫でる。
愛美「生きてよ」
匠、ハッとした顔。
愛美「医者として、たくさんの命を救ってください」
愛美「先輩ならきっと立派な医者になれます」
匠、涙を流しながら愛美の背中に腕を回す。
(回想終了)
〇愛美のアパート・愛美の寝室(夕方)
匠「お前は俺に『生きてよ』って言った」
匠「『医者として、たくさんの命を救ってください』って」
愛美、目にいっぱいの涙を浮かべる。
愛美M「先輩……」
匠「『先輩ならきっと立派な医者になれます』って」
匠、切ない顔をする。
匠「だから俺は、何があっても医者としてお前と生きようって決めた」
愛美M「そんな風に思ってくれてたんだ」
匠「なのにお前は、ちょっと障害があるとすぐ逃げて」
愛美、何も言えずに涙を流す。
匠「勝手に別れを決めんじゃねぇよ」
匠、愛美の頭に顔を埋める。
匠「愛美が居なきゃ、一生幸せになんかなれない」
愛美「だって、しょうがないじゃないですか!」
愛美、涙ながら話す。
愛美「先輩には婚約者が居るし、お父さんだって反対する……」
匠、愛美の顎をクイッとあげて真剣な目で見る。
匠「じゃあお前は、説得する方法考えたのか?」
匠「俺と一緒に居るためにどうしたら良いか考えたのかよ?」
愛美、目を逸らす。
愛美「そんなことしたって認められるわけない……」
匠、険しい顔をする。
匠「そうやって勝手に諦めるところ嫌いだ」
愛美、唇を噛みしめる。
匠「お前にとって俺はその程度なんだな……」
匠、幻滅したような言い方をして愛美を放してベッドから出る。
愛美、匠を見つめる。
匠、立ち上がって愛美に背を向けたまま言う。
匠「俺はお前とは違う」
匠、部屋を出て行く。
愛美「私にどうしろって言うのよ……」
〇明侑大学・食堂
愛美、目を見開く。
彩、賢二の肩にもたれかかる。
彩「そういうわけだから、結婚式で代表挨拶お願いね」
愛美N「彩は賢二くんとの結婚を決めた」
愛美N「きっかけは……」
T「数分前」
彩「自分の身も危ないのに駆けつけてくれてさ」
彩「私のことを守ってくれたんだよ!」
彩、賢二を愛おしそうに見つめる。
賢二、幸せそうに愛美を見つめる。
彩「その時、この人しか居ないって思ったんだよね」
彩、微笑みながら愛美を見つめる。
彩「愛美にも大切な人、居るでしょ?」
愛美、俯く。
愛美M「私の大切な人……」
愛美、様々な表情の匠が思い浮かぶ。
彩、屈託ない笑顔を見せる。
彩「好きって気持ちがあれば十分!」
愛美、顔を上げて彩と賢二を見つめる。
愛美「……」
愛美M「私は変わりたい」
賢二、メモ紙を差し出す。
賢二「きっと今頃、一人で戦ってるから」
愛美M「チャレンジもせず勝手に諦めなんて……」
愛美、メモ紙を見た後に賢二の顔を見る。
賢二「男はね、好きな子のためならいくらでも頑張れるんだよ」
賢二、ニコッと笑う。
愛美M「大切な人を守れる、カッコいい女になりたい」
愛美、メモを持って立ち上がる。
愛美「行かなきゃ」
愛美、決心した顔で匠の元へ走り始める。
〇明侑大学・キャンパス前道路
愛美、急いで走る。
壮太、愛美の前で停車させる。
愛美、不安そうな顔で立ち止まる。

