その手で、愛でられたい



◯森の中の道
匠、土砂降りの中、炭を抱えて走る。
匠、足を止めて振り向く。
匠、遠くに居る愛美の姿を見てため息をつく。
匠「めんどくせぇ」
匠、しばらく立ち止まって考える。
匠、向きを変えて走り出す。
愛美、震えながら俯いて歩く。
愛美M「寒い……。早く戻らないと……」
愛美、顔をあげると目の前に匠が居る。
匠「どんくせぇ奴だな」
愛美M「文句言うために戻ってきたの?」
匠、片手で炭を持ち、もう片方の手で愛美の手を握る。
愛美、ドキッとする。
愛美、匠の手を見つめる。
愛美M「手……、大きくて温かい」
愛美、顔を赤らめる。

◯森の中の休憩所
匠、テーブルに炭を置く。
匠、腰に巻いた羽織ものを震える愛美の頭に雑にかける。
愛美「……!」
愛美、咄嗟に匠を見る。
匠、頬を赤らめて顔を逸らす。
匠「お前が風邪引いたら……、俺が責められるんだよ」
愛美、はにかむ。
愛美「ありがとうございます」
匠、頭を掻く。
愛美、匠の羽織ものから香水の匂いがする。
愛美、目を見開く。
愛美M「この匂い知ってる」
愛美、自然と涙が溢れ出す。
愛美M「……何で?」
愛美、涙を流していることに自分自身が驚く。
匠、突然泣き始める愛美を見てギョッとする。
愛美N「そうしてあっという間に夏が終わった」

◯明侑大学・模擬店コーナーの控室
T「10月大学の学園祭当日」
賢二、嬉しそうに言う。
賢二「悪いな。まぁ頑張れ!」
匠、賢二を睨む。
賢二、デレデレしながら彩と歩いていく。
匠、うんざりしたような顔で誠也を睨む。
誠也「俺を睨むな。断トツNo.1なんだからしょうがないだろ」
匠、ため息をつく。
匠「腹減った。メシぐらい食わせろよ」
誠也「買っておくから早く働け」

〇同・診察コーナー
匠、ドクターコートを羽織って椅子に腰かける。
匠、営業スマイルを見せる。
匠、先頭の女性客に手を差し出して話しかける。
匠「それでは手を貸してください」
女性、目をハートにして返事をする。
A型看板に「イケメンドクターが脈拍測定します!」と書かれている。
誠也、匠の列に並ぶ女性の数を見て感心する。
誠也M「匠の昼飯でも買いに行くか」
誠也、売り子として歩く愛美を見かける。
誠也、匠を見てニヤッとする。

〇同・食堂近く
愛美、客引きをする。
愛美「甘めソースのナポリタンはいかがですか?」
愛美、賑やかな音や声で誰にも聞こえない。
愛美M「いっぱい残っちゃいそう……」
愛美、暗い顔をする。
(回想)
〇明侑大学・看護学部の一室
T「2ヶ月前」
彩、堂々と手を挙げる。
彩「愛美のナポリタンを提供したらいいと思う!」
愛美、ギョッとする。
愛美「えっ、それはちょっと……」
彩「愛美のは甘めソースで子供ウケも良いし、家族で食べてもらえるよ!」
愛美、困惑する。
彩「大丈夫! 絶対売れるって!」
彩、屈託ない笑顔を見せる。
(回想終了)
〇明侑大学・食堂近く
愛美M「彩……、ごめん。ちっとも売れないや」
誠也、落ち込む愛美にそっと近づく。
誠也「ナポリタン2つください」
愛美、誠也を見つめる。
誠也、ニコッと笑いかける。
誠也「美味しそうだね」
愛美、恥ずかしそうにお礼を言う。
愛美「ありがとうございます」
愛美、誠也にナポリタンを手渡す。
誠也、ナポリタンを見つめる。
誠也M「これで思い出したりするのかな?」
誠也、休みなく営業スマイルを振りまく匠を見つめる。
誠也M「きっと知ってる味だろ?」

〇同・模擬店コーナーの控室
T「1時間後」
匠、フラフラしながら控室に入ってくる。
誠也「お疲れ」
匠、椅子に腰かけてテーブルに突っ伏す。
匠「頼む……、午後から代わってくれ……」
誠也、ニコッと笑う。
誠也「それは無理だ」
誠也、匠にナポリタンを差し出す。
誠也「まぁ、食えば元気になるぞ」
匠、突っ伏したまま答える。
匠「食欲無くなったからいらない」
誠也「ふーん、美味しいのに?」
匠「いらねぇよ。ちょっと寝るから黙れ」
誠也、ニヤッとする。
誠也「それは残念だ」
誠也、匠のナポリタンに手を伸ばす。
誠也「じゃあ白石さんから買ったナポリタンは俺が美味しく……」
匠、顔を上げて誠也を睨む。
匠「人の分まで食おうとすんじゃねぇよ!」
匠、誠也に奪われないようナポリタンを抱える。
誠也、クスクス笑って匠の肩に手を置く。
誠也「滅多に食えないんだから、ゆっくり味わえよ」
誠也、控室から出て行く。
匠M「……別にアイツから買ったから食いたくなったわけじゃない」
匠M「ナポリタンが俺の好物だから」
匠、ナポリタンを見つめる。
匠M「随分地味だな……」
匠、手を合わせる。
匠「いただきます」
匠N「愛想悪くて、どんくさくて、虫嫌いの女」
匠、フォークでナポリタンをクルクル巻き付ける。
匠N「顔だって中の下ぐらいで、全然タイプじゃねぇし」
匠、ゆっくりフォークを口に運ぶ。
匠N「でも何故か気になる」
匠、口に入れた瞬間にハッとする。
匠M「この味……、知ってる」
匠、無我夢中で食べる。
匠N「幼少時から高級品ばっかで肥えた舌」
匠N「何も美味しいと思わなくなった俺の舌なのに……」
匠、涙が溢れ出す。
匠「美味い……」
(回想)
〇森の中の休憩所
匠、突然泣き始める愛美を見てギョッとする。
(回想終了)
〇明侑大学・模擬店コーナーの控室
匠N「あの時、泣き顔なんか見たからだ……」
匠、立ち上がる。
匠N「だから罪悪感を抱いて気になってるだけ」
匠、急ぎ足で控室を出る。

〇同・食堂近く
愛美、行き交うカップルや家族連れを見つめる。
愛美M「みんな凄いなぁ……」
愛美M「好きな人が居るだけで凄いのに、両想いになるなんて」
愛美、俯く。
愛美M「もはや奇跡だよ」
愛美M「私はきっと、一生恋なんかできない」
愛美、スマホのアラームが鳴る。
愛美M「交代の時間だ」
愛美、控え室に向かって歩き始める。
匠、愛美の後ろ姿を見つける。
匠M「居た!」
匠、愛美に駆け寄って肩に手を置く。
愛美、驚いた顔で振り向く。
匠「お前のナポリタン、美味かった」
匠、頬を赤らめ真顔で言う。
愛美、匠をジッと見つめてクスクス笑う。
匠、恥ずかしさを誤魔化すようにツンとして言う。
匠「何だよ?」
愛美、サコッシュからウェットティッシュを取り出して匠の口元を拭く。
匠「……!」
愛美「ケチャップいっぱいついてますよ」
愛美、微笑む。
匠、手で顔の赤みを隠す。
匠M「恥ずかしすぎる……」
愛美、匠の服を見つめる。
愛美「先輩……」
愛美、匠を見上げ、真剣な顔で言う。
愛美「今すぐ服脱いでください!」
匠、耳を疑う。
匠「は?」

〇同・診察コーナー
女性客、貼り紙を見てため息をつきながら帰って行く。
貼り紙には「黒川先生、出張のためPM休診」と書かれている。
誠也、困ったような嬉しいような顔でため息をつく。

〇同・看護学部実習室
愛美、流し台で匠の服に付着したケチャップの汚れを落とす。
匠、演習用の浴衣を着て椅子に腰かけて待つ。
匠、愛美の背中を見ながら問う。
匠「何でそんな汚れの落とし方知ってんだよ?」
愛美「え? 前、よくこうやって落としてたので……」
愛美M「あれ? 何でそんなことしてたんだっけ?」
愛美、首を傾げる。
匠M「前にもこんなこと、誰かに聞いたな……」
匠M「誰に聞いたんだ?」
匠、愛美のお尻に目がいく。
匠M「これがいわゆる安産体型なんだろうな」
匠、ハッと我に返る。
匠M「どこ見てんだ……」
匠、真顔になる。
匠「あのナポリタンはどこの店の味なんだ?」
愛美、きょとんとした顔で振り向く。
愛美「私のオリジナルですけど?」
匠、怪訝な顔をする。
匠「素人があんなに美味くできる訳ないだろ?」
愛美、クスッと笑う。
愛美「そんなに美味しかったんですね。ありがとうございます」
匠「……!」
匠、顔を赤らめて黙る。
愛美「昔好きだった人の好物です」
匠「え……」
匠、切ない顔をする。