その手で、愛でられたい



〇愛美のアパート前・駐車場
壮太、愛美の頭を撫でる。
壮太「うちにおいで」
愛美、壮太の胸に顔を押し当てて泣く。
愛美、しばらく泣いた後に壮太から離れる。
愛美「ごめん……、帰るね」
壮太、切なそうな顔をする。

〇愛美のアパート・リビング(夜)
愛美、ソファの前で正座してソファに突っ伏して泣きじゃくる。
愛美N「味わったことない喪失感」
愛美N「恋しい、悲しい、苦しい、切ない、苛立ち、後悔……」
愛美N「様々な感情がぶつかり合って」
愛美N「そして」
愛美、顔を上げると心を失ったように無表情。
愛美「全部無くなった」

〇明侑大学・食堂
T「翌日」
彩、怪訝な顔で愛美を見つめる。
愛美、食堂のランチを食べる。
彩M「お弁当じゃない……。表情もおかしい」
彩「土曜日はどうだった?」
彩、緊張したように愛美を見つめる。
愛美「土曜? クーちゃんと遊んで楽しかった」
愛美、無表情で答える。
彩M「笑わないなんて……」
彩M「こんなに感情がない愛美なんて、見たことない……」
彩、眉間にシワを寄せる。
彩「黒川先輩と会った?」
愛美、首を傾げる。
愛美「それ、誰?」
愛美、無表情。
彩「え⁉ 何言ってるの? 黒川先輩だよ!」
彩、焦る。
愛美、彩を見つめて身に覚えがないように呟く。
愛美「分かんない……」
彩M「嘘でしょ? 何で?」
彩、酷く動揺する。
賢二「お前、マジで大丈夫か?」
彩、賢二の焦ったような声を聞く。
彩M「賢二くん!」
彩、立ち上がって賢二の方を見る。
彩M「愛美がおかしい……」
賢二、彩を見て駆け寄る。
賢二、焦ったように彩に報告する。
賢二「匠が愛美ちゃんのこと覚えてないらしい」
彩、衝撃を受ける。
彩「え! そっちも⁉」
賢二「え?」
T「数分後」
彩と賢二、向かい合って座る愛美と匠を見つめる。
彩M「二人とも演じてるようには見えない。本当に忘れちゃったの?」
彩、眉間にシワを寄せる。
賢二、彩に耳打ちする。
賢二「これ、マジなやつだよね?」
彩、頷く。
賢二、取り繕うように笑う。
賢二「週末、俺らはデートしたんだけど……」
彩、賢二の腕に抱きついてラブラブアピールする。
賢二「二人は何してた?」
賢二、匠を見つめる。
匠「家に居た」
賢二「家ってどこの?」
匠「はぁ? 家は一つしかねぇだろ?」
匠、イラつくように話す。
賢二、焦りながら問う。
賢二「好きな子の家とかあるだろ?」
賢二、愛美をチラッと見る。
愛美、ボーッと窓の外を眺める。
賢二M「全然興味ねぇじゃん!」
匠「お前、ケンカ売ってんのか?」
賢二「違う違う!」
賢二、焦りながら否定する。
彩、すかさず愛美に問う。
彩「愛美は実家行って、それからどうしたの?」
愛美「クーちゃんと遊んで、地元のお祭り行って……」
愛美、一点を見つめて止まる。
賢二、眉間にシワを寄せる。
賢二M「その後から覚えてないのか?」
愛美、首を傾げる。
愛美「……気づいたら朝になってた」
賢二M「だとしたら土曜の夜に何かが……」
賢二、匠を見て焦ったように問う。
賢二「匠は⁉ 土曜の夜、何してた⁉」
匠「何って、しつけぇな……」
匠、目をつぶって思い出そうとする。
匠「……息切れして咳き込むぐらい走ってた……」
賢二「何で?」
匠「何でか知らねぇよ」
彩M「土曜の夜、一体何があったの? 何か知ってる人……」
壮太「愛美!」
壮太、微笑みながら愛美に近づく。
彩M「この人だ!」
彩、立ち上がって壮太に問う。
彩「先輩! 土曜の夜、愛美が何してたか知ってますか?」
彩と賢二、緊張したように見つめる。
壮太、少し驚いた後にニッコリ笑う。
壮太「一晩中一緒だったよ。何で?」
彩と賢二、言葉を失う。
壮太、愛美の髪に触れながら愛おしそうに見つめる。
愛美、動じない。
壮太「好きな子の誕生日を祝わないなんて、あり得ないでしょ?」
壮太、匠を睨む。
賢二、匠の反応を見る。
匠、頬杖ついて壮太を見る。
賢二M「嘘だろ……。妬かないなんてあり得ない」
壮太、愛美に手を差し出す。
壮太「ちょっと散歩しようか?」
愛美、差し出された手を握って立ち上がる。
壮太、匠に見せつけるように愛美の肩を抱き寄せる。
壮太「じゃあ俺たちはこれで……」
壮太、匠を睨んでその場を後にする。
彩、困った顔で賢二を見つめる。
賢二、眉間にシワを寄せて匠を見る。
匠、退屈そうにスマホを眺める。

◯森・バーベキュー会場
T「真夏日」
彩、しかめっ面で顔で賢二を脅すように問う。
彩「ホントに効果あんでしょうね?」
賢二、怯えるように答える。
賢二「たぶん……」
彩、睨みつける。
彩「たぶん?」
賢二「ぜっ、絶対大丈夫です!」
賢二、不安そうに匠を見る。
賢二M「頼む! 思い出してくれ」
匠、チェアに腰かけて脚を組みながら木々を見る。
愛美、食材の準備をする。
T「全く会話のない二人」
賢二M「このままじゃダメだ……」
賢二、焦ったように彩を見る。
彩、賢二に何とかしろと言わんばかりに目で合図する。
賢二、頷いて小芝居をする。
賢二、匠に聞こえるように大きな声で言う。
賢二「やべぇ! 炭が全然足りない……」
賢二、血の気が引いた感じを装う。
彩、賢二をあえてきつく責める。
彩「ちょっと! 炭がなきゃできないじゃん! 何やってんの?」
賢二、平謝りする。
愛美、心配そうに賢二を見て、彩を宥めるように言う。
愛美「私買ってくるから喧嘩しないで。ね?」
彩と賢二、ニヤッとする。
賢二「愛美ちゃん一人じゃ大変だから匠も……」
賢二、匠の方を見てハッとする。
賢二「匠、どこ行った?」
彩「えっ?」
彩と賢二、見つめ合う。
彩と賢二M「アイツ……」

◯バーベキュー会場から離れた売店
愛美、炭を購入して売店を出る。
愛美、空を見上げて心配そうな顔をする。
愛美M「雨降りそう……」

◯森の中の道
愛美、一人で炭を抱えて歩く。
愛美、大きな虫が愛美の方に向かって飛んでくることに気がつく。
愛美、目を見開く。
愛美「ぎゃぁぁぁ!」
愛美、思わず炭を投げ捨てて走って逃げる。
匠、叫び声を聞いて林の中から焦ったように飛び出す。
匠M「何事だ?」
匠、走ってきた愛美とぶつかる。
愛美、尻もちをつく。
愛美「すみません……」
匠、愛美を見下ろして舌打ちする。
愛美M「舌打ちされた?」
愛美、ふと何か懐かしいような気がする。
愛美M「前にもこんなことあったような……」
愛美、ゆっくり顔をあげる。
匠、怖い顔で愛美を睨む。
匠「おい、さっきの叫び声はお前か?」
愛美M「怖い……」
愛美「はい……。虫が襲ってきて……」
匠「はぁ? 虫ごときで騒ぐんじゃねぇよ」
匠、イラついた感じでため息をつく。
愛美M「虫ごとき? 私は死ぬほど嫌いなのに!」
愛美M「この人、すっごい嫌な人だ」
愛美、ツンとした表情で匠から顔を逸らす。
愛美、投げ捨てた炭のことを思い出す。
愛美「あっ、炭!」
愛美、急に立ち上がる。
匠「は?」
匠、怪訝な顔で愛美を見る。
愛美、匠を見て言う。
愛美「炭置いてきちゃったので、先に戻ってて下さい!」
愛美、炭を投げ捨てた場所まで走って戻る。
匠、愛美の背中を見つめる。
T「数分後」
愛美、気持ち悪そうな顔で炭の箱の上の虫を見る。
愛美M「うわぁ気持ち悪い……。早くどっか行ってよ」
愛美、フッと息を吹くが虫は動じない。
愛美M「ダメか……」
愛美、近くに落ちている木の棒を手にする。
愛美M「これなら……」
愛美、慎重に棒を虫に近づける。
虫、突然動き出す。
愛美「いやぁぁぁ!」
愛美、驚きすぎてまた尻もちをつく。
匠、愛美の背後でクスクス笑う。
愛美、振り向く。
匠「お前、尻重すぎ」
愛美、イラつく。
愛美M「デリカシーのない人」
愛美、無視して立ち上がる。
愛美、虫が居ないことを確認して炭の箱を持とうと手を伸ばす。
匠、愛美より先に炭を持ちあげる。
愛美「え……」
匠「お前より俺の方が運ぶの速い」
匠、愛美を置いてスタスタ歩く。
愛美M「不思議な人」
愛美、首を傾げる。
愛美、雨が頬に落ちて、一気に強くなる。