その手で、愛でられたい



(夢の中)
〇愛美のアパート・キッチン(夜)
愛美、鼻歌を歌いながら匠の好物を作る。
匠、愛美を後ろから抱きしめる。
愛美、幸せそうに微笑む。
愛美「もうすぐナポリタン出来るから……」
匠、愛美の耳元で冷たく言う。
匠「終わりにしよう」
愛美、目を見開く。
愛美「え?」
愛美、匠の顔を見ようと振り向く。
愛美、誰も居ない真っ暗な場所に一人ぼっちになる。
愛美、匠の声だけが聞こえる。
匠の声「幸せになれよ」
愛美、膝から崩れ落ちる。
愛美M「酷い……」
(夢終了)
〇愛美の実家・愛美の部屋(朝)
愛美、ベッドに横になったままスマホを見つめる。
愛美M「婚約者が居る人と同居なんか続けられない」
愛美、急激に視界が滲んでくる。
スマホには匠から数えきれないほどの不在着信とメッセージがある。
愛美M「会いたい」
愛美、枕に顔を埋める。
愛美M「……こんなに辛い結末なら」
愛美M「好きにならなきゃよかった」
由美、ドアをノックする。
由美「愛美、起きてる?」
愛美、ゆっくり起き上がってベッドから降りる。
愛美、ドアまでフラフラしながら歩く。
愛美、ドアをゆっくり開ける。
由美、突然愛美を抱きしめる。
愛美、驚く。
愛美M「何?」

〇同・リビング(朝)
白石譲(49)、ソファに腰かけて向かい側に座る人物を見つめる。
譲、緊張で額から汗が流れてくる。
譲「あの……、どのようなご用件でしょうか?」
黒川龍一(50)、スーツ姿でソファに腰かけて脚を組む。
T「黒川龍一 50歳 KUROKAWA株式会社 会長」
龍一、手を少し挙げて執事に合図をする。
執事、スーツケースを両手で持って譲の前のローテーブルに置く。
譲M「これは……」
譲、固唾を呑む。
執事、ゆっくりスーツケースを開ける。
譲、目を見開く。
龍一、余裕そうな表情で微笑む。
執事「こちらには1000万ございます」
譲「1000万⁉」
譲、恐怖を感じる顔。
龍一、譲の表情を見てニヤッとする。
龍一「私の一人息子がお宅のお嬢さんと同居しているようで……」
譲、「えっ! 同居⁉」
譲、開いた口が塞がらない。
龍一「やはりご存じありませんでしたか……」
龍一、呆れたような顔を見せた後に微笑む。
龍一「息子との関係を絶つよう、お嬢さんにお話していただきたい」
龍一「お互いまだ若いですし、もし今、子供なんかできてしまったら」
龍一「苦労するのはお嬢さんですよ?」
龍一、威張るように腕を組む。
龍一「うちの息子がお嬢さんと結婚することなんて、あり得ませんから」
譲、険しい顔で俯く。
譲「何故ですか? 本人たちの意思を尊重するべきでしょ?」
譲、龍一を睨む。
龍一、家中を見渡し嘲笑う。
龍一「息子は大企業の御令嬢と婚約しているんです」
龍一「それに、一般家庭で育ったお嬢さんでは釣り合いませんよ」
譲、険しい顔をしてギュッと手を握る。
譲「それはつまり……、息子さんが婚約者が居るにもかかわらず」
譲「うちの娘にも手を出したということでしょうか?」
龍一、笑いだす。
龍一「確かにそうとも言えますね。ですが……、逆をいえば」
龍一「お嬢さんが金銭目的で息子を誘惑したとも言えるのでは?」
譲、我慢できずに立ち上がる。
譲「うちの娘がそんなことするわけないでしょ!」
執事、譲に近づいて宥めるように言う。
執事「白石様、どうぞおかけください」
譲、歯を食いしばって腰をかける。
龍一「私はこんなことくだらないことに時間をかけてる暇はないんです」
龍一、立ち上がる。
龍一、譲を見下すように見る。
龍一「それでは……」
愛美、怒った顔でリビングに入ってくる。
愛美「お待ちください!」
愛美、龍一を睨みつる。
愛美、スーツケースを閉じて龍一に突き返す。
愛美「お金なんていりません!」
譲、悲しそうな顔で愛美を見る。
譲「愛美……」
愛美、目が潤む。
愛美「それと、子供ができるようなことは一切していません!」
愛美、涙を流す。
愛美「もう連絡することもありませんので、ご安心ください」
愛美「どうぞお幸せに」
龍一、ニヤッとする。
龍一「物分かりのいいお嬢さんで助かります」
龍一、執事と共に家を出て行く。
愛美、泣き崩れる。
由美、愛美を見つめて涙を流す。
壮太、玄関先で龍一と遭遇する。
壮太、驚いた顔をする。
壮太M「何でここに……?」
龍一、壮太と目が合い微笑む。

〇匠の実家・龍一の書斎(夕方)
匠、険しい顔でソファに腰かけ貧乏ゆすりをする。
匠「用って何だよ?」
匠M「まだ愛美と連絡とれてねぇのに、こんな所でもたついてらんねぇ」
龍一、険しい顔で匠を睨む。
龍一「お前、庶民の女と暮らしてたな?」
匠「だから何だよ? 俺がどうしようが関係ねぇだろ!」
龍一、ニヤリとする。
龍一「聞き分けのいい子だったよ」
匠、怪訝な表情を見せる。
匠「……愛美に会ったのか?」
龍一、タバコを吸い始める。
匠、龍一の胸ぐらを掴んで問う。
匠「おい! いつどこで会ったんだよ⁉」
龍一、匠の手を払いのけて冷静に答える。
龍一「もうお前と連絡を取らないそうだ」
匠「は?」
匠、呆然とする。
龍一「金を見せたら喜んで受け取ったぞ」
龍一「『どうぞお幸せに』なんて生意気なこと言ってな」
匠M「嘘だ……」
龍一、匠を睨む。
龍一「お前もあの娘には、もう二度と近づくな」
匠、立ち上がって怒鳴る。
匠「ふざけんな! 俺は愛美を愛してる」
龍一、鼻で笑う。
龍一「愛なんて必要ない」
匠、怒鳴る。
匠「それはお前の意見だろ! 俺にとっては……!」
龍一、テーブルを思いっきり叩く。
龍一「全部お前が悪いんだろ!」
龍一「会社の評判を考えずに、あんな庶民の娘と同居なんかするから!」
龍一「お前は自覚が足りないんだ!」
匠、怒り心頭。
匠「愛美をバカにすんな! アイツはな、特別なんだよ!」
匠「会社なんか絶対継がない。俺は医者になって愛美と生きていく」
龍一、ニヤッとする。
龍一「ホントに哀れだ」
龍一、少し手を挙げて執事に合図する。
匠、執事の方を向こうとした時に急激にめまいが生じて床に倒れる。
匠M「何だこれ? おかしい……」
匠、スッと意識を失う。
研究員たち、一斉に書斎に入ってきて匠を取り囲む。
龍一「娘の記憶だけ消せ。それ以外はそのままでいい」
研究員たち、手際よく機械の準備、装着を始める。
責任者、嬉しそうに龍一に言う。
責任者「彼の発明した薬剤は凄いですね。上手くいけば世界初の開発になります」
龍一「私の目に狂いはない。これでうちの一人勝ちだ」
龍一、ニヤッとする。

〇愛美の実家、リビング(夕方)
愛美、ソファに腰かけながら大泣きする。
由美、愛美の背中を摩る。
譲、腕を組んで目をつぶる。
壮太、辛そうな顔で愛美を見つめる。
譲、重い口を開く。
譲「もう分かったから。泣くな」
譲、心配するような顔で愛美を見つめる。
由美「愛美……」
由美、切なそうな顔で愛美を抱きしめる。
由美「辛いね」
愛美「……ごめん、迷惑……かけて、ごめんさない」
愛美、声を震わせながら両親に謝罪する。
譲、雰囲気を変えようとわざとおちゃらける。
譲「いやぁ……、相手が御曹司だったなんてビックリだよ」
譲「どうせ悲しい思いして別れるなら、お金受け取っておけば良かった……」
由美、譲を睨む。
譲「すみません」
壮太、唇を噛みしめる。

〇愛美のアパート前・駐車場
壮太、車を停車させる。
愛美「ありがとう」
愛美、力なく礼を言って車を降りる。
壮太、車を降りて愛美に近づく。
壮太、愛美にプレゼントを手渡す。
愛美、プレゼントを見つめた後に壮太の顔を見る。
壮太、愛美の頭におでこをくっつける。
壮太「遅くなったけど、お誕生日おめでとう」
愛美、目を潤める。
愛美「壮ちゃん……」
壮太、愛美を抱きしめる。
壮太「俺はそばに居る。ずっと愛美のそばに居るから」
愛美、涙を流す。
壮太「俺は、どんな愛美でも好きだ」
壮太「たとえ違う男を好きでも……、嫌いになんかなれない」
壮太、愛美の頭を撫でる。
壮太「うちにおいで」
愛美、壮太の胸に顔を押し当てて泣く。