〇愛美のアパート・玄関(夕方)
T「5月上旬」
白石愛美(21)、大きな荷物を持って玄関のドアを開ける。
愛美、散乱する靴を見て険しい顔をする。
愛美N「私はとある生物を飼育している」
〇同・リビング(夕方)
愛美、ため息をついてリビングのドアを開ける。
愛美N「その生物は大きくて、ワガママで、全く可愛くない」
愛美「ただいま……」
愛美、想像以上に散らかった部屋を見て立ち尽くす。
愛美、思わず荷物を落とす。
愛美「最悪」
愛美N「すぐ散らかすし、言うことは聞かない」
愛美、不満そうな顔で片付け始める。
愛美N「いわば疫病神だ」
愛美、一口分だけ残った何本ものペットボトルを回収する。
愛美M「残す意味が分からん!」
奥の部屋から物音が聞こえてくる。
愛美、足の踏み場もない部屋を慎重に歩く。
愛美N「何故そんなものを飼ったかって?」
愛美、奥の部屋のドアノブに手をかける。
愛美N「一言で述べるなら……」
突然ドアが勢いよく開く。
愛美N「同情だ」
愛美、バランスを崩してゆっくり後ろに倒れる。
愛美「うわっ!」
黒川匠(23)、目の前に愛美が居ることに驚いて目を見開く。
匠「……!」
愛美、匠に手を伸ばす。
愛美M「助けて……」
匠、助けようとする気が全くない。
愛美、物が散乱している所に尻もちをつく。
その拍子にバキッと何かが割れる音がする。
愛美「え?」
愛美、顔を歪めて匠を見上げる。
匠「あぁ」
匠、険しい顔で愛美を見下ろす。
愛美N「だが、それがそもそもの間違いだったことに」
愛美、固唾を呑む。
愛美N「私は今頃気がついたのだ」
〇明侑大学・食堂
T「半年前」
愛美(21)、手作りお弁当を食べながら人だかりを見る。
丸山彩(21)、セーターの袖で口元を隠しながら愛美を見つめる。
彩、目が笑っている。
彩「気になるなら、うちらも行こうよ?」
T「丸山彩 21歳 看護学部3年」
愛美、赤面して首を横に振る。
愛美「絶対無理!」
彩、頬杖を突きながら人だかりを見つめる。
愛美N「私は叶わぬ恋をしている」
彩、呆れ顔で言う。
彩「そんなこと言ってたら、一生恋なんて始まんないよ!」
愛美、人だかりの中心に居る匠(23)を見つめる。
愛美N「黒川匠、23歳 医学部5年」
愛美「そう……だよね」
愛美、俯いて苦笑いする。
愛美N「成績優秀で、爽やかで、誰にでも優しい」
愛美、ため息をつく。
愛美N「一生恋なんて始まらない」
愛美N「だって彼は、王子様なんだから」
〇愛美のアパート近く・喫茶店前(夕方)
愛美、持っていた荷物を思わず落とす。
愛美N「と思っていたのに……」
匠、しかめっ面でスマホを眺めながら電子タバコを吸う。
愛美M「王子様……?」
愛美、現実を受け入れられず困惑した表情。
匠、スマホで誰かと会話を始める。
匠「早くしろよ! どんだけ待たせんだよ?」
匠、舌打ちして電話を切る。
愛美、ドン引きした顔。
匠、愛美の存在に気づいて睨みつける。
愛美、平静を装うが内心は泣き崩れる。
愛美M「全然王子様じゃなぁぁぁい!」
愛美N「白石愛美の恋、あっけなく終了」
愛美、慌ててその場を離れようと荷物を手にする。
愛美、振り向いた瞬間に黒川美香(43)とぶつかる。
愛美、バランスを崩して尻もちをつく。
愛美M「いたぁ……」
愛美「すみません」
美香、舌打ちする。
愛美M「舌打ちした?」
愛美、顔を上げてハッとする。
美香、険しい顔で愛美を見下ろす。
美香「邪魔よ、どきなさい」
愛美M「……怖ッ」
愛美、震えあがる。
愛美「すみません……」
愛美、美香を見つめたまま動けなくなる。
美香「どんくさい女」
美香、冷たく言い放って匠の元に近づく。
美香「たくちゃん、遅くなってごめんね~」
愛美、ゾッとした顔で美香を見る。
美香、匠の腕にしがみついて甘えるような声を出す。
愛美M「腹黒同士でお似合いですね」
愛美、立ち上がってお尻の汚れを払う。
愛美M「こういうのは、関わらないのが一番!」
愛美、立ち去ろうとした時に誰かが愛美の腕を掴む。
愛美M「ギャァァァ!」
愛美、目を見開き口から心臓が飛び出しそうになる。
愛美M「関わりたくない、関わりたくない……」
愛美、恐る恐る振り向く。
匠、真剣な目で愛美を見つめる。
愛美M「……顔が好き」
愛美、焦りとドキドキで胸が高鳴る。
匠、愛美に顔を近づける。
愛美、思わずギュッと目を閉じる。
愛美M「えっ、心の準備が……」
匠、愛美に耳打ちする。
匠「話合わせろ」
愛美「ん?」
愛美、目を開けて不思議そうな顔で匠を見る。
愛美N「タバコの臭いと香水の匂いが交じり合って」
匠、突然愛美の肩を抱き寄せる。
愛美M「何、何、何よ?」
愛美、肩を抱く匠の腕と時計をドキドキしながら見つめる。
愛美M「先輩の手が……」
愛美、匠の手が異常に輝いて見える。
愛美N「ドキドキが止まらない……」
愛美M「頻脈で倒れそう……」
愛美、緊張と興奮で固まる。
美香「何、その女?」
美香、険しい顔で匠と愛美に詰め寄る。
愛美、泣きそうな顔をする。
愛美M「修羅場……」
匠「コイツに貢いでるから、金なんてねぇよ!」
匠、冷たい声で美香に言い放つ。
愛美、咄嗟に匠の顔を見る。
愛美、ひきつった笑顔を見せる。
愛美M「何ですって? 私がいつあなたから……」
匠、愛美を鋭い目つきで睨む。
愛美M「これ、話合わせないと殺されるパターン?」
愛美、固唾を呑む。
愛美、美香の方を向いて口を開こうとした瞬間に美香が怒鳴る。
美香「こんなちんちくりんに貢ぐなんてバカじゃないの?」
愛美M「ちんちくりん……」
美香、高笑いする。
美香「アンタ、見る目なさすぎて笑えるわ」
愛美、冷たい目で美香を見つめる。
愛美M「嫌な人……」
美香「嘘はやめて!」
匠「嘘じゃねぇし」
匠、いたって真面目な顔。
愛美、心の中で冷静に突っ込む。
愛美M「嘘です! この人、大嘘つきです!」
愛美、眉間にシワを寄せる。
愛美M「なぜ巻き込まれた? そもそもこの人は誰よ?」
愛美、美香をジッと見つめる。
美香、愛美を睨みつける。
美香「いい気になってんじゃないわよ!」
美香、手を振り上げる。
愛美「キャッ!」
愛美、咄嗟に肩をすくめて目を瞑る。
愛美M「あれ……、叩かれない?」
美香「放しなさいよ!」
愛美、美香の怒鳴り声を聞いてパッと目を開ける。
匠、真剣な顔で美香の手首を掴んでビンタを制止する。
愛美M「……助けてくれた?」
匠「コイツを傷つけるのは許さない」
愛美、匠を見つめて思わず顔を赤らめる。
愛美M「王子様だ……」
愛美、我に返り首を横に振る。
愛美M「違う! この人は詐欺師だ!」
美香「使えない男! 顔しか取柄ないくせに!」
愛美、暴言を吐く美香を見つめる。
愛美M「酷い……」
美香「アンタがここまで大きくなったのは誰のお陰?」
匠、悔しそうな表情で黙ったまま美香を睨む。
美香「私が生んであげたお陰でしょ?」
T「黒川美香 43歳 匠の母」
愛美M「生んであげた……?」
愛美、開いた口が塞がらない。
美香「そんな女に貢ぐ暇があったら、私に恩返ししなさいよ!」
美香、匠に思いっきりビンタする。
愛美、両手で口を押える。
愛美M「何で?」
愛美、抵抗せずに叩かれる匠を見て涙が溢れ出す。
愛美M「何で抵抗しないの……?」
匠、心を失ったように無表情となる。
美香、匠の頬にそっと触れる。
美香「私の可愛いたくちゃん。お母さんを助けて?」
美香、急に匠に優しくする。
愛美、眉間にシワを寄せる。
愛美M「完全にDVだ……」
匠、辛そうな顔で美香を見つめる。
愛美「……めて」
美香、愛美を睨む。
美香「は?」
愛美M「先輩のそんな顔、見たくない」
愛美、美香を睨む。
愛美「やめてください!」
愛美、匠と美香の間に割り込んで美香の手を払いのける。
匠、驚いたように愛美の後ろ姿を見つめる。
美香「生意気な小娘が!」
愛美「毒親に言われたくない! 警察に通報するから!」
愛美、匠を守ろうと必死に言い返す。
匠、愛美を見つめながら微笑む。
匠、いがみ合う愛美、美香を引き裂くように言う。
匠「いくら?」
匠、怖い顔で美香を睨む。
美香、ニヤッとする。
愛美、不安な顔で匠を見つめる。

