(タクシー拾うか……)

そう思ったが、すぐにその考えを脳裏からかき消した。

終電が終わったことと、金曜の夜ということもあり、タクシー乗り場に十人ほど人が待っていたからだ。


(給料日前だし、圭太のせいでお金使うのも癪か……)

(運動不足だったし……歩こう。何かしてた方が気も紛れるし)

そう結論づけた私がタクシー乗り場をあとにし、駅前のコンビニ前を通り過ぎた時だった。



「──望月(もちづき)先輩?」

(え?)


聞きおぼえのある声に私が振り返れば、Tシャツにスウェットというラフな格好の若い男の子が手にコンビニの袋を持って立っている。

「し、塩谷(しおや)くん」

「お疲れ様です」


塩谷智郷(しおやちさと)くんは昨年、入社してきた新入社員で今年二年目の同じ部署の私の後輩だ。

名前の通りの塩顔でセンター分けの前髪にラウンド眼鏡がトレードマークで、またコミュニケーションの高さから社内の皆んなに可愛がられている。

「えっと、一瞬誰かと思った……スーツ姿しか見たことなかったから」

「あぁ、そうですよね。てゆうか、こんなところでどうしたんですか?」

(どうしよう……残業帰りに浮気目撃して泣いて終電逃したとかとか言えないし……)

「ちょっと、用事があって……いまから家帰るとこ」

「え? 望月先輩の家ってここから三駅って言ってませんでした? もう終電ないですよ」

「あ、うん……運動不足だし歩いて帰ろうかなーって……」

「本気で言ってます? こんな夜中に一人とか危ないですよ」

塩谷くんは怪訝な顔をしている。