今日は圭太と交際一年の記念日にちょっとお高めのイタリアンでディナーをする予定だった。

けれど外勤に出て直帰予定の圭太から、そうLINEが入った私は自社製品のお菓子で小腹を満たしつつ、残業して二十二時頃に会社を退社した。


そして駅まで向かう途中、信号待ちをしていたところ、大通りを挟んだ向かい側のホテルに圭太と榎本さんが手をつないで入っていくのを目撃してしまった。

それだけでも随分なショックだったが、圭太が私が誕生日にプレゼントしたネクタイを着けて別の女性と楽しげにしている姿を目の当たりにして、すごく悲しく憎らしかった。

(朝、出社したときは圭太のネクタイが嬉しかったのに)

(てゆうか、会社の近くで浮気するとか信じらんない)

「最低……っ」

私は唇をぎゅっと結ぶとハンカチを根元に強く押し当てた。

(でも、すごく好きだった)

過去形にしたが現在進行形で私は圭太が好きだ。
この気持ちはすぐには消えてはなくならない。

でもこれ以上、圭太のことで惨めに泣くのは嫌だった。


「……はぁあ……泣くのやめやめ。今夜どうしようか考えるのよ」

自分を奮い立たせるようにそう言葉にしたものの、自宅に帰るしかないのは分かっている。

しかしながら本音を言えばこんな夜は到底、一人暮らしの家に帰る気分ではない。

「一人カラオケ……とか寂しすぎて無理だし、ヤケ酒って私、お酒飲めないし。この辺り漫喫もないよね……」

こんなとき地元だったらなと思う。実家も友人の家もあるからだ。

でも残念ながら田舎から上京してきた私には、いきなり連絡して急に泊めてくれるような親しい友人はいない。

「帰るしか、ないよね……」

私はぼそりとつぶやくと、ホームの階段を降り、とぼとぼと改札をあとにした。