深夜1時のミルクティー

まだ圭太は何も知らない。

このまま見なかったことにして関係を続けることもできるが、そこまで未練がましくこの恋にしがみつきたくはない。でも別れたとして今まで通りに圭太に接することができるだろうか。

圭太と榎本さんを見るたびに、何となく惨めで沈んだ気持ちにならないだろうか。

「……別に先輩がそんな顔しなくても良くないですか。今回の件は高森さんが圧倒的に悪い訳ですし」

「そうだけど。同じ部署だし、毎日会うの正直しんどいし……もう仕事、辞めちゃおうかな」

私は今年二十九歳になる。地元に帰って実家の八百屋を手伝いつつ人生を見つめ直してもいいかもしれない。

「それ、本気で言ってます?」

「結構本気かも。なんか、色々疲れたから」

「幻滅ですね」

「え……?」


マグカップから視線をあげれば、目の前の塩谷君は見たことがないほどに怒りを含んだ表情をしている。

「俺は望月先輩のことすごく尊敬しています。仕事への向き合い方も一人の人間としても。それなのに浮気されたからって目の前の仕事投げ出そうとするとは思わなかったです」

塩谷君は早口でそう言うと、マグカップをもつ手に力を込めた。

「新入社員で入ってきた俺に言いましたよね。この会社で沢山の人を笑顔にするお菓子を生み出すのが夢だって。私の仕事は沢山の人を笑顔にできる仕事なんだって」


私は記憶を辿る。確かにそう塩谷君に話したことがあった。 

「簡単に手放していいんですか」

(塩谷君……)

「先輩にとって仕事ってそんなものですか」

(私にとって仕事は……)