ためらい

　恰好だけでなく、実際に波乗りを始めてみようか。とにかく、気分を変えたい。
　大嫌いだった仕事や地元を離れ、幸せなはずだったのに、まだ心に開いた穴は埋まってはいないようだ。

「美空さん」
　星夜の声を聞いた気がする。
　こんな時間の、こんな場所に居るはずもないのに。
「美空さん、聞こえてる？」
「いやぁぁぁぁぁぁ！」
　突然、誰かが私の肩を掴んだので、反射的に叫んでしまう。
「ちょっと！なんで叫ぶの！？」
「離して！私はおばさんだし、お金も持ってない！」
「美空さん！俺だよ、落ち着いて！」
　恐る恐る、声の主を見上げると、そこには星夜が居た。
「な、なんで⋯⋯？」
「よかった⋯⋯！仕事で遅くなってしまって、すれ違ってたらどうしようかと思った」
　目の前で、なぜか星夜は嬉しそうな顔でそう言うが、
「ねぇ。あの夜に来なかったら、もう会わない、別れるって言ったわよね？何なのよ！今さら」