薔薇と菊

"あの人"と、出会ったのは月の輝く夜だった。

なんとなく、その日は眠れなくて。
別に吸血衝動が酷かった訳じゃない。
けど、瞼を閉じても中々寝付けなくて_。
散歩なんて好きじゃなかったけれど、夜の街に出て行った。

外に出てみれば今日は満月だった。
丸い月が静かな、寂しい町を照らす。
高い建物なんて無いこの町は夜空が綺麗に見えた。
けれど…"美しい"とは思えなくて。
最近…いや、気付いたのが最近なだけで元からなのだろうが。
感情が動かないのだ。
何を見ても、何を聴いても、何を食べても_。
表情も、思う様に動かない。
まるで人形の様な、魂の抜けた動かぬ表情と町の人に向ける、覆い隠す様な偽りの笑顔だけ。
別に、困ったことがある訳じゃないから気にはしていないが。

ふと、風に乗って血の匂いが香る。
事件…だろうか。
また、なんとなく身体が動いた。
彼女は吸血鬼。
大抵のことでは死なないし、恐れる対象も無い。
だから、見物でもしようかと思ったのだろうか。