本庁に着くと、ちょうど片岡 伸一をにんどうでしょっ引いてきたところだった。小さな取調室に入れられ、そのテーブルで首を項垂れながら片岡 伸一が座っている。今までどこか自信ありげで放漫な感じを受けたが、今はそれが微塵も感じられない。さすがに参っているようではある。俺がマジックミラー越しにその様子を眺めていると

「よ」
と気軽に声を掛けてきた同僚がマジックミラーの小部屋に入ってきた。
「イト(井東)さん、どうですか?片岡 伸一の様子は」俺が聞くと
「自分はコロシはやってないの一点張りだよ。お前、ちっと代われ」とイトさんはお手上げと言った感じで俺を取調室に促す。

片岡 伸一は数日前、片岡 陽菜紀の通夜で見たときよりもさらにげっそりとやせ細って見えた。世間の風評が相当堪えているとみえる。
俺はテレビ局のディレクターから奪い取った写真の数枚をテーブルに並べて
「厚木 優子と不倫していたのは事実ですか」と聞いた。わざと丁寧な口調で言うのは、まだ片岡 伸一が重要参考人の枠に居るからだ。

「はい……それは……事実です…」と片岡 伸一はあっさりと不倫の事実を認めた。まぁ言い逃れができないほどしっかり映ってるしな。
「それで片岡 陽菜紀さんと離婚しようと彼女に話を持ちかけたが、あっさり拒否されて、かっとなった?」
と淡々と聞くと、片岡 伸一は慌てて首を横に振り

「とんでもない!別れを切り出したのは私ではなく、陽菜紀の方でした!それに私にはアリバイがある!」と叫ぶように言った。

皮肉だが、片岡 伸一の言った通り、アリバイはある。事件当夜、この男は厚木 優子とは違う女と都内の有名ホテルに泊まっていた。この事実はちょっと片岡 伸一をつついたらビビっちまって、ペラペラと本人の口から聞いた。すぐにホテルに裏を取ると、確かにチェックインとチェックアウトの時間帯、しっかりとホテルの防犯カメラに映っていた。厚木 優子も、この調子だと遊ばれていただけ、かもしれない。

しかし、離婚話は出ていたようだが、俺たちはてっきり片岡 伸一が切り出したのかと思っていた。だが、彼が嘘を着いている可能性もある。

「調べによりますと、陽菜紀さんには5,000万円の生命保険金が掛けられていますね。受取人は片岡 伸一さん、あなただ」
久保田が生命保険証書のコピーをテーブルに突き出すと
「言う程大金じゃないですか!普通ですよ!私は1臆だ。受け取り人は陽菜紀にしてある」
片岡 伸一が言ったことは事実だ。すでに保険会社に問い合わせてあった。
「あいつは……陽菜紀は最初から金目当てで俺と結婚したんですよ。俺に非があって離婚の際、資産は折半、しかも慰謝料も取れる」

「では陽菜紀さんのハニートラップだったと?」と久保田が聞き、片岡 伸一は大きく頷いた。
「何故そう思うのです。厚木 優子と出会ったのは、偶然ではないと?もしかして陽菜紀さんのご紹介だったとか?」
そう質問すると、片岡 伸一は再び大きく頷き

「ある日陽菜紀が家でホームパーティーしたいって言い出して、そのときに陽菜紀が呼んだ知人の一人でした」
「そのときのメンバーは?」と俺が聞くと
「優子と……あとは覚えていません。陽菜紀の高校時代の友人だったとか……」

「その中に中瀬 灯理は?」とさらに聞くと
「灯理さん?いいえ、来てませんでした」と片岡 伸一はあっさりと言った。