「とりあえず今日の所はこれで結構です。また何かありましたらお尋ねします」と曽田刑事さんが締めくくり「ついでなんで送っていきますよ。もちろんパトカーじゃなくて覆面ですからご安心を」とちょっと笑って言って、了承もしていないのに「おい久保田。車を回してこい」と久保田刑事さんに目配せ。
後に残された曽田刑事さんと私は、何となくまたさっきの休憩コーナーに落ち着くことになった。久保田刑事さんはなかなか戻ってこなかった。その間、曽田刑事さんは話してくれた。
「さっき……あの時期は良くあることだ、とあなたに言いましたよね」
前置きもなく言われ最初は何の事か分からなかったけれど、優ちゃんが流産しかけたことだ、と言うことに気づいた。私は無言で頷いた。
曽田刑事さんは手のひらで顔を拭うような仕草をして
「もう十五年以上も前の話です。俺の元女房も、厚木 優子と同じ時期に流産しちまって」
え―――………?
私が目をまばたいていると
「原因は不明でした。転んでもいないし、重いものを持っていたわけではない。
ただあの頃、俺はまだ若くて……巡査部長と言う肩書でした。あ、今の久保田と同じです」と説明を添えてくれて私は再び無言で頷いた。
「念願だった刑事になれて、ひたすら走り回っていた。それこそ一週間平気で家を空けることもあったし、たまに帰ってきたら午前様なんてざらでした。家で女房が一人寂しさと、腹ん中の子供のことで不安になっていたことも知らず……
きっとストレス性のものからくる流産かと―――……
流産したと病院から連絡があった日も、強盗事件が発生して、俺は女房の容態よりも…犯人の逃走阻止の方を取った」
そう―――…だったんだ……
「まあ離婚はそれだけが原因じゃないですけど。中瀬さん、あなたはいつか自分が人を殺めてしまうかもしれない、と不安に思っているみたいだが、それは違う。
あなたは“俺”とは違う。分かるんだ。
俺は自分の赤ん坊を殺したも同然だし、ヒトゴロシと言われてもおかしくないが、俺はあのとき自分に言い訳した。
“凶悪な事件と自分の子供と女房、どちらを優先する?と聞かれれば凶悪犯逮捕の方だ”と。“間違っていなかった”と、さえ。
でも実際俺は間違えていたんだ。女房と別れてからようやく気づいたよ。何年も掛かっちまったが。
でも中瀬さん、あんたは間違わなかった。間違う前に自ら対処しようとした。反省できると言うのは素晴らしいことだ」
俺とは違う。と曽田刑事さんはもう一度続けて、私は―――
何故だか刑事さんが私の懺悔を聞いてくれている神父さまのように思えた。
『神はあなたを赦します』
そう言われた気がしたのだ。
では曽田刑事さんは―――
一体、誰が彼を赦すのだろう。



