その日の仕事は散々だった。寝不足や疲れからくる集中力不足で私は何度も小さなミスを侵した。電話を取り違えるし、解約契約書の作成ミスを上司から指摘され、
「どうしたの中瀬さん。君が珍しいね」と上司はちょっと不思議そうにしていて、でも少しだけ迷惑そうでもあった。「すみません。以後気を付けます」その度に私は謝った。

そんなわけで残業もままならない私は、この日は定時に帰ることにした。今日は帰って栄養のあるものを食べて早く寝よう。もし昨日のようなことがあったのなら、今度は精神科に行こう、と計画を立てながらロッカーからスマホを取り出し、従業員通用口まで向かっているとメールが一通きていた。

鈴原さんだった。

ドキリ、としてその名前を見たとき緊張に体が強張った。一瞬陽菜紀の顔が過った。慌てて辺りを見渡すと四角い鏡はどこにもなかった。

私はまるで秘密めいた関係を隠すように壁に隠れてそっと鈴原さんからのメールを開いた。

“お疲れ様です。少しお話したいことがあります。昨日のカフェで待ってます”

話―――……?と言うのが何なのか気になった。でも、鈴原さんと会ったらまた陽菜紀の幽霊を見るんじゃないか、とも思う。けれど鈴原さんの言う『話』と言うのが気になって結局私はカフェに向かった。

鈴原さんは昨日と同じ場所のテーブルに腰掛け、コーヒーを飲みながらスマホをいじっている最中で私を見つけると軽く手を振った。私もそれに手を振り返す。
傍から見たら、それは親しいやりとり……見ようによっちゃ恋人同士のように見える。

けれど私たちはそんな関係じゃない。
自分に言い聞かせるようにして席に着く。

「すみません、突然呼び出したりして」と鈴原さんが謝ってきた。
「いえ。あの……話と言うのは…もしかしてまたメールが届いたんですか」顎を引いて警戒するように問いかけると
「いえ、違います。昨日の今日だったので、灯理さんがちょっと心配だったのと…」と鈴原さんはちょっと照れくさそうに言い鼻の頭を掻いた。

心配―――……私の―――……?

鈴原さんの優しさに、昨日の夜から抱えていた恐怖が少しだけ和らいだ。