栗色の長い髪―――毛先がふわふわにちょっと巻いてあって。
ぎくり、として目を開くと鏡の中に

陽菜紀が映っていた。

陽菜紀は四角の鏡の中で苦しそうにしていて、まるで透明の壁に阻まれているように、必死に両手を開いていた。顔は青白く髪を振り乱していて、恨みの籠った視線で刺すように私を見ている。

「ひっ!」

思わず悲鳴が漏れ、慌てて口元を押さえた。
鏡の中の陽菜紀は私が見たこともないような怖い顔でこちらを睨んでいて


『近 づ か な い で』
と一言、冷たくて低い声で呻いた。

怖くて……怖くて、怖くて、声を出せない。けれど何故か目を逸らせない。

『近づかないで』

陽菜紀はもう一度言った。




『鈴原くんに近づかないで』



確かにそう言った。口がそう動いたし陽菜紀の呻くような声も聞こえた。

「ごめんなさい!
ごめんなさい、ごめんなさい!」

私は大声で叫び、まるで汚らわしい何かを触るような手つきでバタンと鏡を乱暴に伏せた。鏡はそのままにして、と言うか触れることすらできない。怖くて、私は明かりを点けたままで布団にもぐりこんだ。
布団の中で「ごめんなさい、ごめんなさい……陽菜紀…ごめんなさい」とひたすらに謝罪を繰り返し、震えながら夜が明けるのをただただ待った。

その日の夜はとても長かった。

たぶん今までで一番。しばらく布団の中で震えていたが、それも怖くなって部屋の電気だけじゃ飽き足らず、トイレやバスルーム、玄関の明かりも点け、見もしないのにテレビを点け、無駄に明るくてくだらない深夜のバラエティ番組を流していた。

明け方五時ぐらいになって空に明るくなってきたとき、それでも電気やテレビを点けっぱなしにしてようやくうとうとした。束の間の眠りがやってくる間際、窓の外で瑠璃色から淡いブルーへ変わる不思議な色合いの空の中一つの光を見た。位置的に

明けの明星だった。