■□ 死 角 □■


その後私たちは事件の話から離れて当たり障りのない話を繰り出し、雑談は一時間ぐらいで終わった。どちらからともなく「帰りましょう」と切り出し、支払いの場になって一揉めした。

と言うのも、ここの会計をどちらが払うのか、と言うことで、だ。一方的に半ば強引に連れてこられたが刑事さんが払うとなると、良く分からないけれど癒着と疑われるかもしれない。同様に私がもっても、だ。刑事さんは完全なるプライベートだから、と言い張ったが自分の分はきっちりお支払いした。

お金を取り出す際に私の財布を眺めて「お洒落な財布ですね」と刑事さんが興味深そうに言って「どこかで見たことがあります」と言い添えた。

「流行りのブランドショップのものなんです。確か何年か前ドラマの主人公が使ってて、それで爆発的に売れた、とか。陽菜紀にもらったものなんです」
今となれば、私に残された唯一の陽菜紀の忘れ形見だ。

あ……でも、もう一つあった。
あの四角と星の絵―――

すでに駅に向かおうとしている刑事さんの高い背中を眺めて
「あの…!」と切り出した。刑事さんがゆっくりと振り返る。
言った方が……いいよね。捜査に役立つかもしれないし……

そう思ったけれど、結局
「……いいえ、何でもありません」と言葉を呑み込んだ。

駅まで並んで歩きながら、私はまたもふと思い出したことを聞いた。

「あの、母に……私の実家で私の……成人式に履いていた靴をお探しだったと聞きました。その靴が何か今回の事件に関係があるのですか」

私の質問に今まで饒舌だった刑事さんは口を噤んだ。
「今はまだ……諸事情により教えられません」

諸事情―――……?

「でもあなたを疑っているわけではありませんのでご心配なく」刑事さんは似非クサイ笑顔でにっと笑い、私もそれ以上は聞けず駅までのお喋りは終わった。別れる間際、名刺を手渡された。

「これ、俺の番号です。何か思い出したら連絡ください」
名刺を眺めると警視庁捜査一課 曽田 哲多。と名前が記載されていてその下にケータイのナンバーが振ってあった。
私はそれを手帳に仕舞いこみ、刑事さんとはそこで別れた。

今日は……色々疲れたけれど、でも―――刑事さんと会って良かった、と思える。

山川さんとお別れして、一人自己嫌悪に浸って一人の夜を過ごすより、うんと意義がある日に思えた。

やっぱり私は今日の出来事を誰かに喋りたかったのだ―――

マッチングアプリに頼って結婚相手を探して、地道にメールのやり取りをしてやっと会うことになったのに、自分が名乗った親友の存在に押しつぶされそうになってる、なんて笑い話もいいとこ。でも刑事さんは笑わなかった。真面目に聞いてくれた。そして彼なりのアドバイスもくれた。

今日、あそこで会ったのが刑事さんで良かった。