私は迷った末にマッチングアプリで出逢った山川さんと数か月メールでやりとりをして、やっとデートすることなったいきさつを話聞かせて、でもアカウント名に『ひなき』と付けてしまった後悔と、何故私が『ひなき』を名乗ったのか、喋り聞かせた。
言ったあとに少し後悔した。何、私は刑事さん相手に人生相談なんてしているのだろう。話すならまだ精神科医の方がいいじゃない。でも精神科医に知り合いもいないし、今からクリニックを探して通院する程でもない。つまり、私はこの話を聞いてくれる人が誰でも良かったのだ。たまたま刑事さんだっただけで。
「なるほど……親友の名前をペンネームにね~それで自己嫌悪に陥ってるわけだ、と。
中瀬さんって凄く損な性格ですね」
いきなりそう言われて私は面食らった。
損―――……私が?
意味が分からない。と言う意味で目をまばたいていると、曽田刑事さんは歪に切り分けた出汁巻き卵を口に放り入れながら
「そんなの男の方に幾らでも言い訳できるじゃないですか。本当のことを喋ったっていいし。それで引くような男は最初からあなたの相手になる男じゃない」
まるで竹を割ったようにあっさりきっぱり言われ、
「でも……例え受け入れてくれたところで、私は陽菜紀になれないし……何だか凄く惨めに思いません?友達の栄光を横取り……じゃなく、この場合おこぼれを頂戴してるみたいで」
「たかだか名前でしょう?そんな深く考える必要ないでしょう。それにおこぼれ頂戴で何が悪いって言うんですか。人間、誰もが持ちつ持たれつ、ですよ」
曽田刑事さんは大きめに切り分けた出汁巻き卵の一つをもう呑み込んだみたいで、次の一切れに箸をさす。
「恋愛なんていつの時代も弱肉強食ですよ。利用できるものは何でもしないと」またもあっさり言われて私が目をまばたいていると、曽田刑事さんはマイペースに卵焼きを食べながら、そのお皿を私の方へ促してきた。
「まぁ弱肉強食で嫁をあっさり他の男に持ってかれた俺が言うことじゃないですけど」と曽田刑事さんは苦笑い。
「ほら、食ってください。うまいですよ」
勧められたままその卵焼きに箸を伸ばし口に入れると、確かにそれは上品な出汁が聞いたふわふわの卵焼きだった。噛むと濃厚なお出汁がじゅわりと口の中に広がる。
「刑事さんは―――弱かったんですか?」
何となく聞いてみると、
「恋愛と勉強にはてんで弱いんですわ」と、寂しそうに笑った刑事さんの顔がとても印象的だった。



