「ぼ……僕の趣味は…ゲームなんですけど……ひなきさんもゲームとかやりますか?」
「私は……何も…」
「今やってるゲーム、男女ともに楽しめるんで……ひなきさんも……楽しめるかもしれません。世界中のユーザーが参加形のゲームでストラテジーゲームなんですが」
「ストラテジー……?」
「あ…戦略とかの意味で、敵本拠地の占領や全国の統一とか……色々…」言いかけて山川さんはコーヒに忙しなく口を付ける。さっきから喋ってはコーヒーを飲み、喋っては飲みを繰り返している。いかにも緊張していそうだ。

「……あの…僕の話、退屈ですよね……すみません。こんなオタクみたいなこと…聞かせて」
私は飲んでいた紅茶のティーカップをソーサーに置き、慌てて手を横に振る。
「いえ…そのようなことは…」

正直ゲームの話なんてまるっきり分からなかったけれど、一生懸命話してくれる山川さんは好感が持てる。山川さんは趣味以外にもどこに勤めているのか、どんな仕事をしているのかも話してくれた。中小企業の広告代理店でアニメ画の広告を手掛けている、とのこと。

「ところでひなきさんの趣味は―――……」と聞かれて
「“私”は―――…」と言いかけて、言い淀んだ。

私は“ひなき”ではない、本名は違う、と山川さんに言うべきだ。別にアカウント名を本名にする必要は無いと言うことを知っているだろうから、幻滅されることはない。―――筈。

けれど

「“私”は―――……料理ぐらいしか……」結局ひなきではないと言えなかった。
どうして……簡単なことなのに言えないのだろう。どうしてこうまで“ひなき”にこだわるのだろう。適当に付けたアカウント名で、それ程愛着なんて持って無かったはずなのに。

「料理…かぁ。僕もいつか“ひなき”さんの手料理食べてみたいなー…」
何気なく言ったに違いないけれど、私には………堪えた。

カラン……スプーンがソーサーの上で跳ね、その渇いた金属と陶器のぶつかる音が耳奥でこだましている。

ようやく気づいた。


私は―――本当は―――“ひなき”に……いいえ、“陽菜紀”になりたかったのだ。
誰もが羨む美貌とスタイルを兼ね備えていて、自信に満ち溢れていて、自分の道をまっすぐ突き進む陽菜紀に―――

次の瞬間


「山川さん……
ごめんなさい」

私はそう答えていた。