確かに、私の身の上に起きたことは衝撃的なものだった。親友が殺される―――と言う……
でも私自身何者かに狙われていたわけではない。人の恨みをかった記憶もない。振り返れば今の今まで幸か不幸か恨みをかうほど人と深く接することがなかった。
「……うん…心配してくれてありがと。でも今のアパート会社から近いし、何かと便利なの」暗に実家には帰って来ないと含ませたが、「でも……考えてみるね」と何とか答えた。
別に実家に帰りたくない理由はない。母も父もどちらかと言うと放任主義で、どっちかと言うとやや行き過ぎとも呼べる過保護な家庭は陽菜紀の家の方だった。
例えば高校生になっても門限が夜の22:30だったり、とか。時には陽菜紀が選ぶアルバイト先や服装なんかの注意も受けていて、陽菜紀本人が「嫌になっちゃう」とこぼしていたことがあった。けれど何だかんだ言いつつ陽菜紀はその言いつけをほぼ守っていた。
それに比べてうちは“ゆるい”方だと思う。
「あ、そうそう……さっきの刑事さんには言ってなかったんだけど」
湯呑茶碗を洗い終えた母は思い出したかのように言って、リビングのサイドボードまで移動し、引き出しの中から丸めた紙のようなものを取り出した。それは卒業証書ぐらいの大きさだった。
「これ……陽菜紀ちゃんが亡くなる前に、陽菜紀ちゃんがあんたに渡してくれって」
と手渡された紙を受け取るとそれは単なる紙ではなく厚手の画用紙だった。しかも少し古くて色は白と言うよりやや黄ばんでいる。
「これを?いつ?」
「あんまり覚えてないんだけど、そうね……陽菜紀ちゃんが亡くなる二週間前ぐらいかしら。直接渡せば?って言ったけれど、会えるかどうか分かんないし、みたいなこと言ってた……
そのときは変なこと言うのね、ぐらいに思ってたけど今思えば陽菜紀ちゃん……もしかしてこうなること予想してたんじゃないかしら」
母は急に思い出したかのように言って、
「何か書いてあるかも。陽菜紀ちゃん心当たりあったかも」と心配そうに顔を曇らせ私の腕に縋ってくる。
「そんな……お母さん推理小説の読み過ぎよ。でも……陽菜紀が何か心当たりあって私に託したのなら刑事さんに知らせなきゃ…」と言って恐る恐る、丸まった画用紙を開けると
そこには赤い枠で四角と、その隣に黄色の星が描かれていて、それは幼稚園児が拙い仕草で描いたものだった。
覚えがある―――……これは確か、幼稚園のときの課題でみんなで一緒に描いた四角だ。でもこれは陽菜紀の描いた四角。間違いない。紙の隅に“さたけ ひなき”と青いクレヨンでこれまた拙い平仮名で書いてあった。
ちょっと期待してた分、正直拍子抜けした。
「ほらね。何ともない幼稚園児の落書きじゃない。特に意味があったわけじゃないよ」と苦笑を浮かべると「そうねぇ」と母もその絵をまじまじと見つめたが、そこにはクレヨンで描かれた四角と星しか見当たらない。
よく言うじゃない。
事実は小説より奇なり―――ってね。



