「何聞かれたの?」湯呑茶碗を見下ろしながら、指や足先からすぅっと冷気がこみ上げてくる気がした。
「何って……陽菜紀ちゃんが殺される前に、この付近で不審者を見なかったか、とか。ほら、うち陽菜紀ちゃんの三軒横でしょ?きっとあの調子じゃご近所さんにも聞き回っているでしょうね」
母は迷惑そうに表情を歪め
「そうそう、事件発覚後、敦子さんのおうちにマスコミが押し寄せてきてね、それで敦子さんちょっと参ってたみたい」とも言った。
私と陽菜紀が生まれ育った街はそれほど大きな街ではない。なのでこの辺一帯はみな、何かしらのネットワークで繋がっている。特に不幸な噂は回るのが早い。こと陽菜紀が死んだのは殺人事件だ。“怖がる”と言うより、興味本位が勝って色々噂しているの違いない。
「後は?」話の続きを促すと
「後は……あんたと陽菜紀ちゃんの関係は良好だったかどうかも聞いてきたわ」母の言葉に冷え切った体が強張ったのが分かった。
曽田刑事さんたち、やっぱり私を疑っているのだ―――
「お母さんは何て?」震える声に、何とか喝を入れて聞くと
「分からない、って答えたわ。実際あんたは一人暮らししてからあまりこっちに帰ってこないし。陽菜紀ちゃんの話あまりしなかったじゃない。でもね、刑事さんたちの話でお母さんピンときたの。
あんたが疑われてるんだ、って。
だから言ってやったわ。『うちの子は殺人なんて恐ろしいことに関わってません』って」
お母さん―――
母は思い出しただけでも腹立たしいと言いたげで、乱暴な仕草で湯呑茶碗を片付ける。カチャカチャと陶器の音を鳴らせ、でも思い立ったようにふと顔を上げた。
「あ、そうそう。刑事さん変なこと言ってたわ。あんたが成人式に履いてた靴……残ってるか、って」
「靴?あれは確か片方のヒールが壊れてもうとっくに捨てたわ」
「そうよね。そう言ったらちょっと残念そうだったわ。でもあんたの靴と今回の事件がどう関係してるのかしら」母は難しいものでも考えるように首を捻り、でも考えたところで良い考えなんて浮かんでこなかったのか、すぐに考えることを諦め湯呑茶碗の片付けを再開させる。
湯呑茶碗を洗いながら、母が
「ねぇ灯理、陽菜紀ちゃんが殺される―――なんて物騒な事件も起こったわけだし、しばらく……うちに帰ってきたらどう?お母さんあんたのことが心配で」
と切り出した。
実家に―――帰る……?



