駅に到着すると、私たちはいよいよ別れようとした。
「灯理さん、どっち方面ですか?」と電車の路線図と時刻表を軽く眺めながら鈴原さんに聞かれ
「私は東通りの方ですけれど、今日は実家に寄ってから帰ります。実家は喜多町で」と答える。
正直“灯理さん”と呼ばれるのがくすぐったい。考えたら私……男の人に下の名前呼ばれるの、はじめてだ。慣れない感覚に首の後ろがそわそわする。でも敢えて苗字呼びでお願いします、と言うのも変だ。
「そっか、俺とは逆方向ですね」鈴原さんは呟き、それと同時に恐らく鈴原さんが行く方向のホームで『間もなく到着します』とアナウンスを流していた。けれど鈴原さんは急ぐわけでもなく、スーツの胸ポケットからスマホを取り出すと
「灯理さん、もし宜しければ番号教えてくれませんか?」
まるで人に道を尋ねるぐらいの気軽さで聞いてきて
「え……?」私は目をまばたいた。
「また陽菜紀の昔話でもしながら今度はゆっくり食事でも……どうですか?もう陽菜紀のことを語れるのは俺にとって灯理さんしか居ないので」
そう言われて、「あ……はい…私でよければ」と頷いた。
確かに私もアルバイト時代の陽菜紀のことを全て聞いたわけじゃないし、もっと話したかったと言うのが正直なところだ。鈴原さんは純粋に陽菜紀と仲が良かった私と思い出話がしたいだけ。それなのに私は―――……一瞬……そう、ほんの一瞬それ以外の感情を期待してしまった。
お互いの番号を教え合って、今度こそ私たちは別れた。別れ際
「また連絡します」と鈴原さんはにこやかに言って立ち去って行った。



