「それ、陽菜紀も言ってました。四角がどうのこうの……って。それって二人だけに存在する何かの暗号ですか?」と鈴原さんはちょっと興味深そうに目を細めて

「いえ……そんな暗号なんて…ただ私は彼女をそう例えただけで、彼女自身がそう思っていたのかは分かりません」
もし陽菜紀が本心からそう思っているのなら―――幼稚園のとき私が描いた四角を、陽菜紀は星に変えられる力を持っていた。

それはとてつもなく大きなエネルギーと、自信が必要だ。私にはないもの。

食事を終え、会計を済ませると私たちは店を出た。お会計は鈴原さんが持ってくれた。流石に私の分まで払わせるわけにはいかない。私はやや意固地になって財布からお金を取り出そうとしたが、鈴原さんは
「じゃぁまた次の機会にお願いします」
と、あっさり言った。

それって―――……

また次があるって言うこと…?
いや、ただの社交辞令かもしれない。変に浮かれてはいけないし、そもそも不謹慎だ。

何となく駅までの道のりを二人で歩き、だけど途中から踵が痛みだし、自然私の足取りはゆっくりになった。昨日靴擦れして、擦り剥けていた場所には絆創膏を貼っていたが、それが剥がれたみたい。
隣を歩いていた鈴原さんが急にスピードを落とした私を不思議そうに見て
「どうしました?」と立ち止まってくれた。
「すみません、靴擦れしてて……」と右足の踵を指さし、恥ずかしそうに言うと
「大丈夫ですか?あ、俺。ドラッグストアに行ってきますよ。さっき見たんで」と鈴原さんが申し出てくれて、
「いえ、大丈夫です。後は帰るだけなので」とってもありがたくて優しい申し出だったけれど、流石に悪いと思ってそれをお断りした。
「本当に大丈夫ですか?」と鈴原さんは心配そうに屈み込み、私の足首を覗きこんだ。鈴原さんは私の足の心配をしてくれてるだけなのに、見つめられて少しばかり心臓が大きな音を立てる。

「小さな足ですね」鈴原さんはちょっと笑ってすぐに体を戻す。
「…はい。気に入った靴があってもなかなかサイズがなくて」と会話を繋げると
「そうですか」と鈴原さんは短く言い、それきり会話は途切れた。

無言のまま私たちは駅まで向かった。でもそのスピードは酷く遅いもので、私の足の痛みを鈴原さんが気遣ってくれているのが分かった。それは過剰に言葉で心配するよりもうんと意味のある優しさだと思える。

優しい―――人なのだ。陽菜紀もきっとこうやって
鈴原さんに守られたに違いない。