■□ 死 角 □■


そこから十五分程して私はお手洗いに立った。あまりきれいとは言い難いお店でも、このお手洗いは男女別れていて、女子お手洗いの扉を開けると狭い洗面所に喪服姿の好未ちゃんと麻美ちゃんがスマホを覗きこんでお喋りしているところだった。
私の存在に気づいても二人はスマホを仕舞うことはせず
「あ、灯理ちゃ~ん」と親し気に声を掛けてくる。「灯理ちゃんも見てよ。これどう思う?」

好未ちゃんに差し出されたスマホの画面を覗きこむと、それは誰かのSNSなのだろうか、見慣れた見開きに写真が一枚添付されていた。

“大好きな親友が亡くなりました。今日はお通夜です。永遠にお別れだと思うと涙が止まりません”

と一文が書いてあり、その下に横顔が映っていた。知らない人が見れば誰だか判別できない角度だったけれど、長くきっちりカールした睫。白い頬。茶色の巻き髪。ミルク色の真珠のイヤリングとネックレスにすぐにその写真の横顔が優ちゃんだと気づいた。
掲載された時間を見ると同窓会の会場に入る少し前になっている。

「え―――……?」

思わず目を開くと

「流石に不謹慎でしょ」と好未ちゃんは眉をしかめ
「友達の死さえも利用するのはどうかと思う」と、麻美ちゃんも表情を曇らせている。

私も二人に同意見だ。

「しかもさー、悲しんでるフリして自分のさりげない横顔載せてるところ見ると、見て見て!感がハンパないよね」
「よっぽど自信があるのね」
「しかも親友だって。陽菜紀の親友は灯理ちゃんだし。涙が止まりませんって言うのも嘘だよね。今ケロっとしてるし」
「悲劇のヒロインぶってるよね」

と二人は私の意見を聞かずに猛スピードでどんどん会話が展開していく。それは同じ年代の女性だけの特性で、会社の年の近い同僚たちとランチに行っても同じような光景になり、私は途中でそのテンポについていけなくて一人置いてきぼりを食らう。

合間を見ておずおずと「優ちゃんって昔はこんな感じじゃなかったよね。その……目立ちたがりなとことか……あんまりなかった気がする」と、別に優ちゃんを庇ってるつもりはないけれど、言うと
「昔っからこうだよ?灯理ちゃんは優子のことあんまり知らないだけじゃない?」

と、小学・中学時代一番仲の良かったであろう好未ちゃんが苦笑い。

「そうそう。昔から何かと陽菜ちゃんと張り合おうと必死だったもん」と言ったのは麻美ちゃん。麻美ちゃんはどっちかと言うと陽菜紀や沙耶ちゃんみたいに華やかでも積極的でもなく、図書室で静かに本を読んでるタイプで、将来は作家になりたい、と私に教えてくれたときは嬉しかった。私だけ打ち明けてくれた、と思っていたが、実は色んな子が知っていた。陽菜紀も好未ちゃんもその一人。

「あの子ね~図書室に籠って自作小説書いてるらしいよ」と好未ちゃんに教えられたとき、少しだけショックを受けた記憶がある。

でも過去は過去だ。

麻美ちゃんのその夢が今でも持続しているのかどうか分からなかったけれど、少なくとも優ちゃん程変わった様でも無い。そのことに少しほっとする。

でも、優ちゃんが陽菜紀に張り合っていた―――と言うことは知らなかった。