■□ 死 角 □■


確かに山川さんはいい人だ。今度はうまくいきそうな予感がする。
けれどその出会いは、陽菜紀や優ちゃんみたいにドラマチックでもロマンチックでもなく、ちょっと前に流行った『出会い系サイト』と大差ない。

「陽菜紀の暗い腰巾着、出会い系サイトで男漁ってるって~」と噂が回るのは秒の単位だ。

―――知られたくない。

いつの間にか陽菜紀の擁護から、自分の保身へと考えが変わっていたことすら気づかなかった。何杯目かのビールを飲んでいるときだった。

「優子のあれ、嘘だよ。“彼氏”とかほざいてるけどさ、どっかの社長さまの愛人やってるって噂」

トイレや電話で席を外したメンバーが入れ違い、その度にちょっとした席替えがなされ、その何度目かで同じグループの一人だった沙耶香(さやか)……沙耶ちゃんがぼそっと私に耳打ちしてきて、私は目をまばたいた。

「え―――……?」

一瞬、本当に一瞬意味が分からず沙耶ちゃんに聞き返す。
「優子の“彼”結構羽振りいいみたいだけどね、優子がその男に本妻との離婚を迫っているけど男がYESを出さないって話だよ」
本当のことだったら何で沙耶ちゃんがそのことを知ってるのか……
私の心の声が聞こえたのだろうか沙耶ちゃんはちょっと苦笑して

好未(このみ)から聞いたの。ほら、優子って好未と一番仲良かったでしょ?」
「で、でも……そしたら好未ちゃんが沙耶ちゃんに、優ちゃんの秘密を喋ったってこと?」


「人の秘密程、甘い蜜は無いんだよ。灯理ちゃんも気を付けた方がいいよ。
もしかして陽菜紀に嘘着かれてたかもね」


沙耶ちゃんは意味深に笑って、席を離れていった。ビールグラスを手にして、今は男子のグループに割り込み無理やり献杯をしている。

沙耶ちゃんは小学生の頃からちょっとボーイッシュっと言うと聞こえがいいけれど男まさりなところがあった。見た目も性格も。中学校から入部したバレーに夢中になって、高校も有名大学もバレー部だったとか、成人式のときに本人に聞いた。
今でもその名残か、髪は短く毛先に緩やかなパーマが掛かっていてその髪型は、中世的な沙耶ちゃんに良く合っていた。まるで女優のようなオーラがあるって言うのか、言うならば宝塚歌劇団の男役のように女の私でも見惚れてしまいそうになる。

だけど―――

沙耶ちゃんは男子とすぐに仲良くなれる。それは男子にモテるタイプではなく、まさに“女”として見てもらえないタイプで男友達に入れられるからだ。
でもそれはそれで羨ましいと思う。

「沙耶香~、お前いつ結婚すんの?」と男子の一人に笑われて小突かれても
「はぁ?私の中に結婚て文字ないし。私が男を頼って生きてくタイプだと思う?」とその男子にデコピンさえ食らわしている。
沙耶ちゃんは大手銀行の総合職で、バリバリのキャリアウーマンだ。
「今度スウェーデンに派遣になったの。給料も上がるし、そうなったら独身貴族♪あんたらより稼いでるからね、私」と男子たちに笑いかけていて、
「相変わらずだなぁ」と男子が笑い声を挙げる。

みんな……形は違えど、何かしら成長している。私が知ってる小学・中学時代のみんなではもうない。

形を違えたのか、或は無くなったのか。そもそも存在していたのか―――
私は無意識のうちに油が飛び散ったきれいとは言い難い木目のテーブルに指で四角を描いていた。

何度も、何度も―――

何故か、四角からはみ出しちゃいけない、と強く思っていた。