■□ 死 角 □■


にわかに信じられなかった。
陽菜紀はご主人のことを私にあからさまに自慢してはいなかったけれど、彼女のSNSでは仲良さそうだった。けれどもし“友達”が言っていることが本当だったら―――……?

『陽菜紀は殺される前に何か言ってなかった?』と、ご主人は聞いてきた。

あれが、実際ご主人が浮気をしていて、そのことを陽菜紀が私に相談していたら?と言う心配だったのだろうか。
私はぶるぶると顔を横に振った。

―――陽菜紀のご主人はそんなことする人じゃない。

だって片岡夫妻は私の憧れだもの。
誰もが羨む…愛し愛され、と言う二人。幸せそうで、楽しそうで、お互いを認め合って高め合って―――

でもそれが仮の姿だったら?

と疑ったことは一度も無かった。無心に陽菜紀とご主人を信じていた。

いえ、本当のところ疑ったことはある。陽菜紀が死ぬ直前に“相談したいこと”と言う言葉は、やはり『旦那に浮気された』と言うことなのだろうか。それまでは私はご主人の浮気を一度も疑ったことがない。ただ陽菜紀が改まって『相談したい』と言ってきたから何かあったのか、とそこで初めて思い浮かべた程度だ。
それまでは、前述した通り彼らは私にとって理想の夫婦像そのものだった。

「ところで優子~、そのパールのネックレス高そうね」と友人の一人、好未ちゃんがちょっと意地悪な笑顔を浮かべて優ちゃんをつついている。
「分かった~?“親友”のお通夜があるって言ったら“彼”が買ってくれたの。“優子の親友”だったら、きっちりした格好で見送ってあげないと、って」
と優ちゃんは、華奢な首に掛かったパールのネックレスを指でつまみ満足そうに微笑む。

私にはそれが本物かどうか見分けがつかなかった。本物ならもしかして片手じゃ収まらないぐらいだろう。つまり50万以上する代物、と言うことだ。いくら流行りに疎い私でもそれぐらいは分かる。

私は急場で慌てて用意したものだから飛び込んだアクセサリーショップのイミテーションのパール。
こんなことなら実家に帰ってお母さんに借りてでも本物を着けてくるべきだった。と、ちょっと後悔。

優ちゃんの“彼”は、どうやら会社経営者で、凄くリッチらしい。陽菜紀のご主人と言い、優ちゃんと言い……どうしてそんなハイクラスな人を見つけてくるのか……

私は仕事が終わってアパートに帰宅して、夜な夜なマッチングアプリを検索してる、と知られたら陽菜紀の“暗い”腰巾着、と今度は噂されるに違いない。影で笑われて、噂されて―――そのことを考えると、

知られたくない――――

と、自分を恥じてしまう。