何なの、あの人。

呆然と曽田刑事さんが立ち去って行く様子を見送って、私も会場に戻った。おばちゃんに明日の告別式のことを聞いて一旦お別れしようと思っていたから。

けれど私が戻ると、
「灯理~!!」と涙が混じった女性の声で呼び止められ、誰か認識する間もなく私はやや大げさな仕草でガバっと抱き付かれた。私に泣きながらしがみついてきたのは、派手な茶色の巻き髪をした女の人で、その白い耳にパールのイヤリングが掛かっていた。

一応(・・)喪に服している、と言う姿を表しているようだけれど、その体からほんのり女性ものの香水が香ってくる。どこか嘘くささを感じた。
「灯理~、まさか陽菜紀があんなことになるなんて!あたしショックで!!」
と早口にまくし立てたのは、前回会ったときは確か七年前だったか。成人式の振袖姿だったからと言うのもあり、イメージが変わって見えるけど

(ゆう)ちゃん……?」

私は目の前で大げさに涙を流す、厚木(あつぎ) 優子(ゆうこ)の顔をまじまじと見た。
優ちゃんとは、小学校と中学校が一緒だった。陽菜紀を中心にグループができていて、優ちゃんも私もそのメンバーの一人だった。それはだいぶ過去を遡り、私たちが小学生の頃、当時クラスで人気だったヤマダくんが陽菜紀に気がある、と言い出したお喋り、噂大好きな子だ。
正直私は優ちゃんと二人っきりで話したことがあまりない。成人式のとき再会しても挨拶ぐらいしかしていない。それほど親しくなかった、と言ってしまえば私が冷たいかもしれないけれど、でも少なくとも私を呼び捨てにする程の関係でもなかった。
それに、優ちゃんは……いいえ、陽菜紀以外の“友達”と呼べるかどうかも怪しい関係の女の子たちは影で私の事を“陽菜紀の腰巾着”とあだ名を付けてひそひそ噂してたのも知っている。

まあいいけど、この際。

優ちゃんは大粒の涙を流しても崩れない、きっとマツエクね、をしきりにまばたきさせ目がしらをアイロンの行き届いた白いレースのハンカチで拭う。
その顔は私の知っている優ちゃんよりだいぶ垢抜けしてきれいになっていた。でも、どことなく造り物めいた―――……この場で輝く主役は、一心に話題と注目を集めるのは

永遠の女王。
檀上の陽菜紀だ。

「灯理も行くんでしょ?……プチ同窓会」

前置きもなく突如として優ちゃんに聞かれて
プチ……同窓会?意味が分からず目をまばたきさせていると

「ほら、結構うちらの同級生集まってるじゃん?久しぶりだし、今居るメンバーでこの後陽菜紀の追悼会も兼ねて呑みに行こうって話。灯理も当然来るよね」
と同意を求められ、私はここに来てようやく周りを見渡した。確かに、弔問客の中に見知った顔がちらほら居る。

正直、率先して行きたいとは思えない。陽菜紀を追悼する気持ちがあるのなら、この場で陽菜紀にいっぱい喋りかけてあげることが一番だと思う。けれどそれを言い出せない。

行く、とも行かないとも言い淀んでいると


“灯理……”


陽菜紀に呼ばれた。
あの四角い箱の中で、陽菜紀が私を呼んでいる。

四角の棺桶からまたも白い手が飛び出て、必死に淵にしがみついていた。

“灯理――――灯理は私を置いて
四角から抜けるんだね”

ゆらり

魂が抜けた筈の……ただの肉体しか残っていない陽菜紀の身体がゆっくり起き上がり、感情を失った目で私を見つめている。
だけど次の瞬間、陽菜紀の口元がゆっくりと笑みを湛えた。

“う ら ぎ り も の”

色身なんてないのに、その肉厚的な……魅惑の唇には真っ赤な紅が引かれ蠱惑的な唇がそう動いた。
私は陽菜紀から目を背けると優ちゃんに向き合った。

「同窓会……行く」