鈴原さんが会場から立ち去るのをきっちり見届け、いよいよご主人にご挨拶だけして私も帰ろうか、と思っていたところだった。
ご主人の方が私に早く気づき、足早に向かってきた。

「あの……この度はご愁傷さまでし…」“た”と言い切る前に、ぐいと乱暴とも言える仕草で腕を引かれ私は会場の外に連れ出された。

ちょうど親族の控室がある辺りだろう、今は親族一同が会場に出ている状態だからその部屋はちらりと覗いた限り空だった。畳が敷かれた和室でお線香の匂いに混じってどこか懐かしいいぐさの香りが漂ってくる。
その和室に「こっちへ」と促されるまま、私はやや強引と思われる仕草で入れられた。

「あの……?」分けが分からず、訝しむように目だけを上げると、

「灯理さん……陽菜紀は殺される前に何か言ってなかった?」と、前置きもなく聞かれた。キリリとした大きな二重の眼に妙な真剣さが籠っていた。

“何か”とは何の事なのだろう。漠然とし過ぎていて分からない。

「陽菜紀から聞いていた。
君は親友だと。
他の友達とは違う、と。唯一心が許せる相手だ、と」

陽菜紀が―――……?そんなことを―――

「あの……私、陽菜紀に会ったのは一か月ぐらい前で、そのときは大した出来事もなかったのでいつも通りでしたけれど」
「いつも通り…」

ご主人は私の返答にどこか納得のいってない様子で復唱し、

「最近どこどこへ行ったとか、このお店はハズレだったとか、ここは美味しかったとか、食事のことがほとんどでしたけど」と付け加えると
「そう……」とどこか消化不良な表情を浮かべている。
「あの…陽菜紀は何か悩みを抱えていたんですか?それでトラブルに?」今度は私の方が聞くと
「いや、いいんだ。聞いてないのならそれで」
と、無理やり引っ張ってきたうえ、こちらの質問に関して何も答えてくれない仕草が少しだけ嫌な感じだ。

でも、言葉の一つ一つが僅かに震えていたし、その反対に真剣な目はギラギラと光っていた。
背中をうすら寒い何かが走っていき、私は慌ててご主人から離れると

「あの、それじゃ……私、失礼します」と早口に言い、その控室を飛び出るように出た。

直感―――だった。

何て言うのか、明確な理由を尋ねられても説明できないけれど

あのご主人は

陽菜紀の死の真相を知っている―――……?