一瞬……ほんの一瞬だったにせよ、亡くなった人に、しかも本人を目の前にして妬みや恨みを抱く自分がとても小さく思って恥ずかしくなった。

「あの後……陽菜紀のマンションからどうしたんですか?刑事さんから何をしてたか聞かれませんでしたか?」
慌てて聞くと
「あの後はまっすぐに家に帰りました。元々陽菜紀に呼び出されたわけなので予定をまるまる開けていたので、からくって正直拍子抜けして。あなたは?」
と逆に聞かれて
「私も同じです。まっすぐ家に帰りました」

「と言うことは二人ともアリバイがない、と言うことですね」

アリバイ―――………

聞き慣れない単語に、でもきっといつまで経っても慣れないだろう……慣れてはいけない気がした…その言葉を否定するかのように

「あのワイン、鈴原さんから預かったワイン、陽菜紀の手元に渡ってないんです。今日持ってこれば良かった……
何だかバタバタしてて」
最後の方は妙に言い訳がましくなった。

「いえ、いいんです。あれはあなたに差し上げます」

え―――……?

目をまばたいていると

「あ…さすがに縁起でもないですよね。捨てちゃってください……って言うかそうゆうのも良くないのか…お清めとか?必要なんですかね」
と聞かれて私は慌てて頭を横に振った。

「陽菜紀が好きだったワイン、彼女の忘れ形見として受け取らせていただきます」
ぎこちなく言った言葉は、しかし誠意だけでも伝わったのだろう鈴原さんはどこか寂しそうに微笑んで

「じゃぁ僕はこれで」

と言って席を立った。

「ええ」また。と言う言葉は仕舞いこんだ。

ここで彼を引き止めてどうしよう、と言うのだ。
第一に、引き止めたところで私たちは十分と言う時間を共有しただけの、友達にも満たない関係だ。しかも鈴原さんの好きな人はやっぱり

陽菜紀なんだから。

誰も知らない花の好みを知ってたぐらいだから、きっと私と同じぐらい陽菜紀のことを深く知っているのだろう。