鈴原さんは私に気づかずおばちゃんに勧められるまま、陽菜紀の眠っている棺桶に歩いて行った。私も慌てて後を追う。
陽菜紀の横たわった棺桶の中にはやはり赤い薔薇で埋め尽くされていた。そのことから陽菜紀が好きな色は赤だ、と周りの人たちも思い込んでいることが分かった。遠目で、その赤い色の中、ぽつんと一花、白い色は目立つ。鈴原さんが置いたものだろう。
彼は焼香台で焼香を済ませると、どこか影を滲ませた…疲れ切った顔つきで陽菜紀の遺影に向かって手を合わせていた。
焼香が終わり彼が振り向くと、目があった。
「あの……」
何となく声を掛けたのは私の方から。
「あ……こないだの…」とすぐに鈴原さんも合点したように目を開き、同じタイミングで頭を下げた。
その後、鈴原さんと私は何となく流れで隣り合って並べられた椅子に座ることになった。けれど会話らしい会話が生まれてこない。前回はそもそもの目的も違ったわけだし場所も違った。けれどこんな所で思わぬ再会をしてしまうなんて―――
あれこれ考えていると結果沈黙と言う形になってしまい、そのキマヅイ沈黙を打ち破ったのは鈴原さんだった。
「こんなことになって……本当に……残念としか言いようがありませんね」
鈴原さんは顔を伏せて膝の上で握った拳に視線を落としている。その拳が細かく震えていた。
「……はい。驚きました。まさか…」
殺された、なんて―――と言う言葉は出てこなかった。
「…あの…すみません、私。次の日刑事さんたちが事情聴取とかで来て、うっかり鈴原さんの名前を出してしまって……ご迷惑をお掛け致しました」
と謝ると鈴原さんは無理やりと言った感じでぎこちなく笑い
「いえ、大丈夫ですよ。どのみち事情を聞かれると思ってましたから。ただ聞かされたときは驚きましたけれど」
「あのとき私たちが無理やりにでも陽菜紀の部屋に行っていたら、と考えると…」
私は目がしらに浮かんだ涙を押さえるようにそっとハンカチで目元を押さえた。
「いえ、あなたのせいではありませんよ。僕が……僕が10分経っても反応なかったら帰るって言い出したのですから」
「でも…」
と言葉を被せると、鈴原さんはゆっくりと顔を上げて、そのとき今日になってはじめて目と目が合った―――気がした。
「僕が悪いんです。あなたは何も思う必要がない」
優しい―――人
そう思うと同時に、こみ上げていた涙の熱がすぅっと冷めていくのを感じた。
陽菜紀は―――死をもって、この人の永遠の記憶になるのだ。
と思うと、ほんの少し妬ましく、恨みがましく思った。



