鈴原さんはきっと部屋の至るところに灯油だかガソリンだかを撒いたのだろう。ここに入った際に強烈に鼻についた薬剤臭はそれらの発火燃料をごまかすためだったのだ。
まるで生き物のように暴れまわる炎はあっという間に部屋を包んだ。あちこちで家財道具が転倒して炎が包んでいる。かすむ視界の中、唯一の出入り口であるリビングの扉が炎に包まれた。
「け……じ……さん……
私は……もう…助からない……」
意識が遠のく。これはきっと大量に流れ出る血のせいだろう。
立ち込める煙で息をするのすら辛い。立つことすらままならない。
「食事………断って………ごめんなさ……」
「何を言ってる!ここから脱出するんだ!」と曽田刑事さんに勢い込まれ、私を力強く抱きよせてくれた。いつだったか、曽田刑事さんが私を抱きしめてくれたことを思い出す。
曽田刑事さんの胸の中はいつだって温もりに溢れている。口が悪くて、思いやりに欠けるところもあって、でもそれは不器用な所でもあるのね。
本当は温かくて、優しくて―――
私は最後の力を振り絞ってやんわりと曽田刑事さんの胸を押し戻した。
「……鏡……」私はお腹に鏡の破片を刺さったまま、取り憑かれたようにゆらりと立ち上がり、割れた姿見に這うようにして進んだ。
割れた鏡を抱きしめると
「陽菜紀―――……
これでずっと一緒よ」
あなたと永遠に。
鏡に体を預けると私は薄れゆく意識に身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。
陽菜紀
一人にして
ごめんね。



