目の前がまるで喪の服装、チュールベールを被せるようにゆっくりと暗転していく。

遠ざかる意識の中、

「やめ………」渾身の力を振り絞って口を動かすが、それが言葉になったのかどうか分からない。意思が伝わったのかどうか分からない。

けれど

鈴原さんが私の首を絞めることに集中しているからか、私の脚が自由になったことを彼はまだ気づいていない。遠ざかる意識の中、人間の生命力なのか生き残る本能なのだろう、何も考えず鈴原さんのみぞおちに膝蹴りをした。

私の膝は鈴原さんのみぞおちを的確に攻撃したみたいで、鈴原さんは予期せぬ反撃にお腹の辺りを押さえてゲホッゴホッ!と咳をしている。

同じく鈴原さんの手から逃れた私も激しく咳き込み、何とか起き上がった。

お腹の辺りを押さえながら鈴原さんがゆらりと立ち上がる。

二度目は通じないだろうことは簡単に想像できた。

辺りを見渡すと真っ赤な炎が部屋中を包んでいて、出入り口さえどこか分からない状態だ。更にお腹に刺さったガラスの傷で……血が足りないのだろう意識が朦朧とする。

そんなとき、何故か曽田刑事さんの言葉を思い出した。

『例え二人の関係のキッカケが友人の不幸だったとしても、それはあくまでキッカケに過ぎません。大事なものを共有したお二人で想い出を分かち合うことも大切ですし、時にあなた方は大変な出来事も乗り越えられてきた。

あなたの気持ちはホンモノだと思います』

「鈴原さ……あなたは本当の愛を……知らない……」

私は尚も流れ落ちる出血の部分を押さえながら、ソファのカバーを掴んで何とか立ち上がろうとした。

この状態で私が立ち上がろうとしたことだろうか、それとも私の言葉だろうか、鈴原さんは怯んだように一歩後退した。

「何を……俺は灯理を愛してる!こんなにも!!」

鈴原さんは、やろうと思えば出来る筈なのに私の首に手を伸ばすことなく、その場で呆然と突っ立っている。


「こんなの本当の愛じゃない!!!」


私は……きっとほとんど最期の……ありったけの声を出して怒鳴った。

「本当の愛は、相手の幸せを願うことよ……たとえ自分がどんなことになろうと」

ゆらり

私はソファに手を付き何とか立ち上がった。だけど失血が多いせいか脚に力が入らない。ソファの背の助けがなければ崩れ落ちてしまいそうだ。

「煩い!」鈴原さんは私に負けじと声を張り上げた。
「煩い、煩い!煩い!!!」
鈴原さんは狂ったように「煩い!」と怒鳴り、頭を抱えてその場で蹲った。私はゆっくりと彼の方へ近づき、

「寂しいひと」


たった一言、呟いた。